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「あながち嘘じゃないんでしょ? 俺、知り合いに君たちの大学出身のが居てさ。速水より1コ上の奴だけど・・・・アイツ有名人だったらしいじゃん?」
“速水先輩”より1コ上? ・・・・ということは、私達が別れた直後の春休みに卒業したのかな。
「モテ男だった速水が、3年の頃入れ込んで付き合ってた2つ下の女の子が居たって。木花ちゃん、名前珍しいから覚えられてたんだよね。
で? アイツが留学したから別れたワケ? そりゃアメリカは遠いよねぇ。大学生にとっちゃ2年は長いし」
ふ、と小さな笑いが漏れる。自分でもダメージの無さが想定外だったのだ。
ごまかす手間が省けたな、ってくらいの軽い気持ちしかなかった。
「何? 今となっては良い思い出?」
トレーから割り箸を取ってパキッと割った田所さんが、意外そうに私を見た。
「いえ、今でも悲しい思い出ですよ? 触れられたくないくらいには」
半年前までは心にのし掛かる暗い思い出だったけれど。今は癒えた傷跡のようなものだ。えぐられるような痛みもないが、他人にわざわざ晒すものでもない。
私達が知っていれば良いだけの、大事な傷跡。
「ええ~、そんな過去があったんですかあ? 鈴香先輩ったら、一言も」
「本人達が言わない話を喋って回るなんて、悪趣味ね」
さすがに小さめの声で驚いてくれた文恵ちゃんの声を遮って、張りのある声が斜め後ろから聞こえた。
「み、みな美。・・・えっと、今から飯? あ、ここ空いて」
「鈴香さんの前で食べようなんて、アナタ恐れを知らないわね。ほら、睨まれてるわよ?」
みな美さんの口調に私がつい翔真さんの席を見ると、確かに彼は此方を見て不機嫌な目をしていた。
が、ふと何かに気づくと表情を和らげて男性陣との歓談に戻る。
あれ? と思ったら
「席、替わってもらえないかしら。田所さん」
「ひっ、」
冷え冷えとした声がして、前に座る男性は背筋をピンと伸ばした。
「し、志保ちゃん」
「なぜアナタに名前で呼ばれるのか分からないわ」
「・・・ばっかねぇ。ほら、あっちの席が空いたから移動しましょ」
みな美さんに顎で指示されて、田所さんはわたわたとトレーを持って立ち上がると
「え、気に障った? ごめんね」
と引きつった笑顔で去って行った。
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