ふたりぼっちの夜

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 部長の応援に一礼してマイクを受け取り前に出る。歌ってる最中に聞こえる坂口課長の声。 「清水の歌はひどいなぁ~。やっぱり部長に歌ってもらわないと!」 「わっはっは。清水君もなかなかいいじゃないか」 「ぜんぜんダメですよ。部長! そろそろ十八番のアレ! 歌ってくださいよ!」  俺が歌い終わっても労いの言葉ひとつもない。烏龍茶を飲みひとり涼しげな表情の課長。ムカムカしていると、松井部長の十八番だという曲の前奏が流れた。坂口課長は途端に笑顔になり「よ! 待ってました!」と部長へ身体を向け、手拍子を始める。  突然携帯がポケットの中で震えだす。坂口課長に背を向け、こっそり携帯をチェックすると、電話の相手は渕上のおばちゃんだった。渕上のおばちゃんとは実家の隣に住むおばちゃん。実家には俺のばあちゃんが一人で暮らしている。ばあちゃんはもう八十近くて、携帯も使えない。だから、何かあった時はいつも渕上のおばちゃんが電話してくれることになっていた。 「すみません課長っ! ちょっと電話出てきます!」  俺は慌てて了解も得ない内に部屋を飛び出した。トイレに駆け込み電話に出る。妙にいやな予感。ゴウゴウと何とも言えない渦のような不安が胸を苦しくさせる。 「もしもし? 渕上のおばちゃん!? どうしたの? なにかあった?」 『あ! 啓ちゃん、良かった。あのな、ばあちゃんが倒れてな? 今、病院なんやけどな?』 「え! ばあちゃんがっ!? で、で、大丈夫なの!」  トイレだろうが気にしてられずデカイ声が飛び出す。渕上のおばちゃんの声が震えている。 『……ばあちゃん亡くなってしもうたわ』 「う……そ……」  つぶやきと共に体が崩れ落ちた。 『お医者さんが言うには、心臓発作らしいんやけど……』 「そんな、今朝も電話で話したのに……」  信じられなかった。いつものように明るい声で「いってらっしゃい。しっかりね」と送り出してくれたばあちゃんの声が聞こえる。  ばあちゃんは早くに亡くなった両親の代わりに俺を育ててくれた。俺の母親は小学生の頃、病気で亡くなった。父親も中学生の頃、仕事中の事故で呆気なく母の所へ行ってしまった。  死に目にも会えずじまい。なのに……ばあちゃんまでも。 『啓ちゃん……』
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