ふたりぼっちの夜

4/9
133人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 心配そうに名を呼ぶ渕上のおばちゃんにお礼と明日帰る事を伝え電話を切った。その途端放心してた顔面の皮膚の上をポロポロと水が転がっていく。腕はダラリと力が抜け携帯が地面に落ちた。  もう十一時過ぎ。明日、実家へ帰れるように飛行機のチケットを取らないといけない。わかってる。わかってるのに動けない。    ポンと肩に手のひらが乗った。見上げたら坂口課長だった。 「大丈夫か?」  冷静な口調。接待を放り出してきたのに怒っていない。坂口課長は俺の顔を見ると、床に潰れたように座り込んでる俺を抱え起こした。 「部長はもう帰ったから、とりあえずタクシーを拾おう」  俺がいない間に接待はいつの間にか終わっていて、松井部長はご機嫌でタクシーに乗って帰ったらしい。  坂口課長はふたり分のカバンを持ち、俺を抱えたままカラオケ店から出ると、カバンを足元へ置き、タクシーへ手を上げた。  タクシーが目の前に止まる。ドアが開き、俺を乗せ、横へ座る課長。何も言わずただ涙だけ垂れ流してる俺に課長は気遣うように言った。 「……家は、中野だったよな?」  俺はカクッと頭を落とした。全ての感覚が曖昧に思えた。ただ、顔の真ん中が熱くて苦しかった。 「中野方面へお願いします」  課長は運転手へ告げると、俺の肩を抱き何度も摩るように撫でた。 「清水……、ご家族が、亡くなったのか?」  顔が上がる。 「なんで……わかんの?」  敬語も何もない。ただ不思議だった。俺は何一つ話していないのに、課長は言い当てたんだ。  課長が戸惑うような表情になった。俺の肩を抱いている手とは反対の手をスーツの内側に入れ、紺色のハンカチを取り出すと、俺の頬をそっと拭ってくれた。キツく結んであった紐が解けるように、俺は赤の他人の課長に告白していた。 「たった一人の、家族だった」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!