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「……俺んちに来るか?」
低く、穏やかな声は凄く落ち着いている。その声に惹かれたのか俺はまたカクッと頭を落とした。
一人になりたくなかった。自分のアパートも嫌だった。玄関にはばあちゃんが贈ってくれたダンボールが開きっぱなしになってる。お米と、餡子缶と干した野菜。煮付けた手作りのオカズに梅干し。俺のためにわざわざ特別に漬けてくれるハチミツ梅だ。今晩食べようって思ってた。
課長はタクシーの運転手に謝り、別の住所を告げていた。方向を変える車。
着いた所はアパートだった。俺のおんぼろアパートより大きくて、部屋の広さも倍くらいある綺麗なアパート。
課長は玄関で呆然としている俺のスーツを脱がし、寝室へ連れて行くとベッドへ寝かせた。布団を掛け、その上からポンポンと赤子を眠らせるように叩いてくれる。
あんなにいつもは冷血なのに、まるで別人みたいだ。
なんでこんなに優しいんだろ。俺が独りぼっちだから?
課長は何も言わず、ただポンポンと優しい振動をくれる。ひとりじゃないよ。そばにいるから。とその手が言ってるように思えた。瞑っていた目を開ける。ぼんやり滲む世界の中で課長の顔が見えた。目を細め、なんともいえない優しい目をしてる。初めて見る表情だ。俺と目が合うと、課長は静かに微笑んだ。性格は悪いけど、笑うとカッコイイんだよな。
独りぼっちだから慰めてくれてるんだ。だったら、もっと甘えたっていい?
頭は鈍く重い。ただただ人恋しい。
俺は両手を持ち上げ課長の肩に乗せた。
「抱っこ……してもらっていいですか」
課長は何も言わないで、布団に入ってきた。布団の中でスーツの上着を脱ぎ、外へ捨てると覆いかぶさり俺をギュッと抱きしめてくれた。優しい手が髪をそっと撫でる。
心地いい温もり。なのに俺はグッと力を入れ課長にしがみついた。いままでただ放心していただけだったのに、突然感情が押し寄せてくる。わけのわからない悲しみと怒りに身体が震えた。
その時、額にそっと温もりが降ってきた。
柔らかい感触。
唇? これはキス?
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