第一章

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紛失したプリントを探して片っ端から引き出しの中を漁っていたときだ。僕は随分と懐かしい文集を見つけた。張りぼての紙で包装されたそれはいかにも小学生然としていて、手作り感で全てを納得させてしまう代物だった。タイトルには「将来の夢」と大きく記されていて、ポップな書体が明るい未来をどことなく示しているかのようだった。 僕はこの文集にどんな夢を託したのだろう。 どうでもいいことだったが、部屋の片付けをしている時などによく見られる例によって、僕は目的とは別の何かに関心を向けることに抵抗がなくなっていた。 薄くかぶった埃をはらいながら文集のページを繰る。 懐かしい級友の名や、もう顔も思い出せない名の作文が並んでいる。どの作文も感じが良いものだった。特に「正義のヒーローになりたい」と書いていた作文は特に良かったな。 彼は今、正義のヒーローになれているのだろうか? いよいよ僕のクラスに差し掛かる。僕は三年二組だった。僕の記憶の中で、その一年は最も濃度が濃く、良くも悪くも忘れられないことが多くあった。 同クラスともなれば、もちろん顔を明確に思い出せる名が多くなり、彼ら彼女らの将来の夢により具体性を持って思いを馳せることができた。 彼はサッカー選手の夢に近づくために日々練習しているんだろうなとか、彼女は中学二年の今から教室の隅で必死に勉強していて、医者になりたいという夢はどうやら本気だったんだなとか、そういうふうに。 息を吐いて椅子の背もたれに体を預け、再び背を曲げて文集を読み進めていく。 ページをめくると、一葉の写真が音を立てずに床に落ちた。裏返しになったそれを拾い上げる。 一葉の表を見ると、えらく身の回りの事柄が僕の意識に訴えかけてきた。 開け放した窓からそよぎ込む風が僕の髪を僅かに揺らしていることだったり、幼い頃からずっと聴いているくせに名前を知らない鳥の鳴き声だったり、今日が恐ろしく晴天で、太陽の光が満遍なく散らされていることだったりと、当たり前すぎて特に感慨を抱けない様々な事柄が、その瞬間に突然ある種の輝きを放った。 なぜなら、それくらいこの一葉に映る全てが、当たり前じゃなかったからだ。 小学三年生の僕は、同じく小学三年生で同クラスの伊敷向夏と手を繋いで、互いに笑っていた。
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