第二章

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待ち合わせ場所に到着する。 といっても、さっきの橋の付け根を下った河川敷なのだけれど。 手頃な石段に座って、適当に星を見た後、再会のための準備を始める。 僕の視線恐怖症はビデオカメラを介したときだけ症状が治まる。 そもそも僕は他人の視線が怖いわけじゃなくて、自分が他人に視線を向けることが怖いのだ。 だから、ビデオカメラのレンズを僕の瞳と世界の間にカンフル剤として投与し、そのレンズに映る動画として世界を認識すれば、他人に視線を合わせることができる。 今日もそうやって、ちゃんと目を合わせて、彼女の笑顔を見るのだ。 彼女も僕と同様に病気で、ビデオカメラを向けた時にしか笑ってくれない。 僕と彼女はそういう、欠落故に形をぴったりと合わせることができるパズルのピースのようなものなのだ。 父親が幼い頃の僕を記録するために購入したビデオカメラは、今もつつがなくその役目を果たす。大変、ひどく不本意であるだろうけれど。 約束の時刻に時計の短針が重なった瞬間に、僕はビデオカメラのレンズを覗いた。 夜の河川敷を背景にして、伊敷向夏はクリスマスソングを笑顔で口ずさんでいた。 楽しげに歌う彼女は、普段の彫像みたく無表情ではない。 向夏はこちらに視線を向けると、くすりと微笑んだ。 「あわてんぼうのサンタクロースは君の家に来てくれるかな?」 そう言う彼女に、僕はあらかじめそう言うのを決めていたかのように返答する。 「もう高校三年生なんだから、来てくれないんじゃないかな」 僕はしっかりと向夏に視線を合わしていた。 人と目を合わせるなんて、年に数回もないし、向夏が目を合わして笑ってくれるのも、年に数回もない。だからこの一瞬を大切に、忘れないように目に焼き付ける。 向夏はつまらない返答に呆れながらも。人差し指の腹を僕に突き出して口を尖らせる。 「それは君が悪い子になったからです」 まったく。その通りだと思う。ビデオカメラを介して映る向夏は、ほんと昔と変わらない。 優等生で、夢見がちで、子供だ。 橙に染められてほんのり温かさを帯びた長髪は、クリスマスの夜に相応しかった。どんなにその日が寒い夜であっても、どこかに温かさを感じてしまう。 「……雪」 向夏は掌を差しだして、静かに降りはじめた雪を小さな熱で溶かした。
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