妻を 撮る。

2/13
前へ
/29ページ
次へ
もうそろそろ、妻が目を覚ます頃だ。 充電器からデジカメを取り外すと、いつものようにベッド脇の三脚にセットする。 「おはよう、母さん」 微かに目をしばたかせて、眼球だけが声を追うように動く。 『おはよう、あなた』 そう、目が語っている気がした。 指先を動かすことさえ、もはやままならない。皺だらけの頬は、ぴくりともしない。ひからびた口唇からは、掠れた音さえしない。 だが、心は通じ合っている。 妻が何を望んでいるのか、手に取るように分かる。長年連れ添った相手だ。 以心伝心とは、まさに我々夫婦のためにある言葉だろう。 昨日と同じように、 これまでと同じように、 妻の世話をする。 延々と続いていく毎日の営み。 私も年を取った気がする。 …明日は遂に、妻が逝くだろう。 それを惜しむのか、悲しむのか、もはや分からなくなってきている。 私は、妻を、心安らかに逝けるように、愛せていただろうか。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加