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酒場にいる客にエロ魔神と呼ばれて親し気に手を振り返すゴーフ。カウンターに辿り着くまでに何人もの客から声をかけられている様子から察するに、ゴーフはかなりの人気者なのだろう。それにしても、エロ魔神……助けてもらったときに耳にした魔神という言葉に希望を抱いていたけれど、嫌な予感がする。
「よーエロ魔神。今日はいつにも増して可愛い子連れてるじゃねーか」
カウンターの中に立つ武骨で小奇麗な男性は朗らかにゴーフに話しかける。熊のような図体で笑う姿が可愛らしくもあった。
「ああ、俺が出会った女の子の中でダントツに可愛い女の子だよ。運命ってやつ? もう楽し過ぎて顔のゆるみが治まんねーんだよ。あ、マスター、彼女に例のやつ出してあげて」
ゴーフはそう言って銅貨を一枚マスターに渡した。食事と言っていたので酒が出てくるとは思わないが、銅貨一枚となると握り飯か何かだろうか。気になることは沢山あるが、今は食事のことで頭がいっぱいだ。何しろこの三日間何も食べ物を口にしていない。水分だけは取っていたが、身体がスカスカになってしまっているような感覚すらある。
「相変わらずお前さんは感情豊かで幸せそうに生きてやがるな。エロ魔神はいつもので良いのか?」
「ああ、それで頼む」
マスターはゴーフとのやり取りを終えると厨房へと下がる。厨房からは美味しそうな香りと水蒸気が溢れてきていた。
「えっと、俺が魔神って呼ばれてた理由は分かっちゃったかな?」
誤魔化すような笑みを浮かべてゴーフは私に問いかける。出会い頭の印象は、表情こそはっきり見えなかったが荒れ狂う魔神だった。まるで怒りや憎しみを男たちに向けているかのような。恐れて逃げていく三人の事は忘れられない。しかし、今はその時の印象と全く違う。それに――
「エロ魔神って何ですか?」
「えっとだな。これには海よりも高く山よりも深い訳がありまして」
目が泳いでいる。ゴーフが言うところの高い海の中を泳いでいるのだろうか。私が探しに来た魔神とゴーフが呼ばれている魔神が違い、私に対して負い目でも感じてしまっているのかもしれない。
ゴーフからの言葉が続くより先に厨房から帰って来たマスターがどんぶりを二つカウンターに置いた。
「こいつは女の尻ばっかり追いかけてるからエロ魔神なんて呼ばれてんのさ。でもまあ……」
マスターは少し間を置いて続ける。
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