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もう少しだけ海を見てから帰ろうと思って防波堤に立ったら、山下さんがここで何かやってたの。
それで万が一私みたいなことがあるといけないなあと思って」
「もしかして見張ってた?」
ちょっと驚いた。
彼女はきまり悪げに僕のほうを見る。
「とんでもなく余計なお世話だったよね」
「ぷっ」
「あ、また笑った、ひどい!」
今度は二人で思いっきり笑う。
「さて。もう行かないと」
「帰るの?」
帰る。
何処へ?
多分、今帰るのは、現住所。
ここじゃない。
だってさ。
ここには僕を迎えてくれる家族は既にいない。
だけど。
現住所ももうすぐ、無くなる。
「東京に戻って片付けが済み次第、日本を出ることになってるんだ」
「え?」
彼女は自分の事を話してくれた。たとえそれが行きずりの人間に一番話しやすかったとはいえ、人生の大きなターニングポイントになることを隠さずに伝えてきた。
僕も君に伝えよう。
心の隅に押しやろうとしていたこと。
独り耐えていた思いを。
「四年前、両親が交通事故で死んだ。僕は天涯孤独の身になった」
だから年に二回。旧盆と三月の彼岸には帰ってくる。墓の掃除をするために。
「そして今務めている会社から出向命令が出た。勤務地はカンボジア」
「……カンボジアって、どこ?」
そう来たか。
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