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   ***  嫌な夢を見ている。そう自覚する時がある。  夢を見ているとわかっている。けれど、自分にはどうすることもできない。夢を終わらせるための出口がどこかについていたらいいのにと思うけれど、目覚め方がわからないのだ。  埃っぽく、鼻をつく。独特のツンとした匂いの充満した暗い空間。  心臓だけがむき出しに置かれたように、落ち着かない。ざわついて、逃げ出したい。そんな力、いつだってありはしないのに。 ――『ケイ君』  ぞわりとしたものが背中を走った。  嫌な声だ。何度も聞いた。穏やかなのに、聞くと腹の中央に鉛が溜まるように気分が悪くなる声音。その頃は、聞きたくて、呼ばれたくて、視界に入りたくてたまらなかったのに。 ――『ケイ君。怖がらなくていいんだよ』  大きな手が視界を塞ぐ。そして何も見えなくなった。あるのは感触と、匂いと、聴覚。自分で求めたはずなのに、今は思い出すと、胸が細く鋭い針で刺されるようにひどく痛くなる。 (いやだ、忘れたい。これ以上見せないでくれ!)  心臓が急に早鐘を鳴らし、体温が急激に下がっていく。  これは夢だ。けれど、現実だ。過去を繰り返し見せられている。落ち着かない。不快な感情に引きずられるように、体すべてがその記憶を拒否している。逃げ出したい。忘れたい。消し去りたい。それに関することすべて。
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