3

1/7
前へ
/80ページ
次へ

3

 その夜、何度も佐々木は綾瀬を温泉に誘ったが、綾瀬は「もうダメだ。おりゃあ酔っちまったよ~ん」と言い放ち、布団に潜り込むとそのまま爆睡してしまった。 「ちょっと、所長!おいっ!」  足で背中や頭を小突いたが、全く起きる気配はない。  ゆっくりと、穏やかに会話を楽しみたかったので部屋食にしたのが、かえって失敗だったようだ。  下の売店で買った日本酒を、綾瀬がグイグイ飲み出した時に嫌な予感はしたのだが……当たってしまった。 「人がせっかく…背中でも流してやろうって思ってたのに…」  佐々木が密かに立てていた計画は、崩れてしまった。  慰労も何もあったもんじゃない。 ――慰労、かぁ…。  まさか、その言葉に隠された佐々木の本心が、バレたのだろうか? 「…それなら、かえって好都合かもしれないんだけどねぇ~」  溜め息をつきながら、佐々木はタオルを手に、部屋の戸口まで行き背後をチラリと振り返る。 「オレ、本当に一人で行っちまいますよ?」 「――zz…」 「これだから、オッサンは!」  悪態をつき、佐々木は一人で浴場へ向かった。    ◇  団体客は宴会場を貸し切って大盛り上がりらしい。  日本経済は長い不景気から脱出したというが、それは本当なんだろうか?佐々木が学生の頃は、まだ就職氷河期に喘いでいた時代だったので、イマイチその好景気という実感が分からない。ああいう、大型バスを出して社員旅行を行う会社もあるのだから、今は実際に好景気なのかもしれないが。  しかし、あいにく、その恩恵は末端の個人事業には波及されていない。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

212人が本棚に入れています
本棚に追加