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日本全国温泉地は数あれど、まさか、こんな周りに何もない場所が、会社の慰安旅行先だったとは思わなかった…。
サスペンスドラマのように、どこか崖や川や海にでも誘い出して、事故死を装って何とかあいつの息の根を止めてやろうと思っていたのに、その肝心の場所が無い。
とにかく平坦な山ばっかりだ。
しかも、常に団体で大型バスで移動するので、自由時間はホテル以外ほとんど無い。
あいつを誘い出すような場所もなく、大島知樹は途方に暮れた。
「どうした、トモ?」
「あ、何でもないよ!移動時間が長くてボーっとしてただけ」
不意にかけられた声に、知樹は愛想笑いしながら答えた。
「そうか?」
「うん。あ、そうだ矢島さん。ここのホテルの上階にバーがあるらしいから、宴会が終わったら一緒に行ってみない?」
鏡を見ながら一人で練習した、とっておきの流し目に精一杯の媚態を込めて、知樹は相手を誘ってみる。
しかし、相手は全く刺さった様子もなく「移動でヘトヘトだし、宴会が終わったら、さっさと風呂入って寝るよ」と言って去っていった。
「…」
つれないその背中を、見送るのが切ない。
(前は、もっと優しかったのに…今は僕に興味がないみたいだ)
知樹はグッと唇を噛み締め、眼尻に浮かぶ悔し涙をこらえた。
恋人が冷たくなった原因は分かっている。
全部、弟の一喜が原因だ。
「あいつ…絶対許さない…」
両親の愛情も独り占めしているクセに、更に知樹の恋人まで奪うつもりか!?
今まで、何度も何度も同じ目にあってきた。
しかし、今回ばかりは絶対に譲れない。
知樹は、それだけ矢島青志に夢中だった。
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