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 入社したての頃から、何かと知樹の面倒をみてくれた、優しくて頼りになる先輩だった矢島。  知樹が彼に、惹かれてしまうのも至極自然な事だった。  そして、二人きりで残業になったタイミングを狙い、誰もいないオフィスで勇気を出してそれを告白した。  矢島は戸惑いつつも、知樹の気持ちを受け入れてくれた…ハズだった。  その週末、初デートと相成り、トントン拍子に話が進んでいると浮かれていた知樹であったが、矢島が知樹の住む社員寮へと足を運んだ時に、異変が起きた。  その寮には、春から弟の一喜も入寮していた。  一喜は、矢島が寮を訪れたタイミングに合わせ、偶然を装って、作り過ぎたという肉じゃがを差し入れに部屋へと顔を出してきたのだ。 『あ、今晩は。オレは弟の一喜っていいます。矢島さんですよね?いつも兄からお話を聞いていますよ。これからも兄を宜しくお願いします』  いけしゃあしゃあと、出来た弟面して矢島に挨拶して。  にっこり笑って!  その無邪気を装った笑顔に、矢島がすっかり心を捕らわれているのは、傍で見ていてすぐに分かった。  焦った知樹は、すぐに部屋へ矢島を部屋へ引き入れようとしたが、何としたことか矢島は「弟さん可愛いね。それじゃあ、オレはこれで」と言って、さっさと帰ってしまったのだ。  絶対、一喜に遠慮してしまったに違いない。  それとも、あのまま知樹の部屋へ入って一夜を過ごしたら、一喜に誤解されると気を回したのか……。  いずれにせよ、一喜によって、知樹はせっかくのチャンスを逃してしまったのだ。  それから、知樹は何度も矢島にモーションをかけているのだが…反応は(かんば)しくない。 (僕たちは恋人関係になったハズなのに、まだ一度もキスもSEXもしていない…)  毎回、知樹の方は彼を受け入れる準備を密かにしているというのに…まったく自分は風呂場で何をやっているのだろうと、知樹は虚しくて悲しくなってしまう。 (さすがに、こんなに暖簾に腕押し状態が続いちゃあ…僕らは本当に恋人なんだろうかと不安になってしまうよ…) 「矢島さん…」
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