番外編 一九四三年、春

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武雄は思い出していた。 『そうよ。晶さんみたいな綺麗な人、東京なんかに一人きりじゃ危ないわよ』 晶がやって来たその日に加奈子により晶が言われた言葉である。 確かに晶は体つきも華奢で涼しげな目元にスッとした鼻。形のいい唇とのバランスが良く『美人』と例えれる男であった。 徴兵検査を行ったばっかりであったのか頭髪も短く刈り上げられており、より顔の造形が目立った。 だからこの家に来て髪を切ることなくどんどん伸びていく髪を見ると、その顔立ちが隠れる為に武雄は酷く安心したものだった。 しかし晶がやって来て一年程経った頃である。 『髪を切りたい』と突然言ってきた時には大層怒った。 晶からしてみれば随分ちんぷんかんぷんだったようで不思議な顔をされたものだ。 晶に対して向けている感情は決して恋慕などではなかったがこの顔をあまりひけらかしたくなかったのだ。 ぐたりと寝そべる晶の髪をサラリ、サラリと掬いながらそんなことを思い出していた。 「だいぶ伸びたな」 伸びたことを確認できると少し嬉しくなるのだ。 涅色(くりいろ)の髪を弄んだ。 晶はこの色が嫌いなようで、黒土のような色である。 武雄の只々黒いだけの髪とは違う僅かに緑みがかっている色だったが晶はよく嫌がっていた。 パサリと顔が隠れるように髪が項垂れている。 はだけた着物を寒くないように上からかけた。
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