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「悪い悪い...つい色っぽいから触りたくなったんだよっ...」
そうヘラヘラと笑いながら言い訳をする男を見上げながら晶は触れられた首すじを己の指先で撫でた。
「ちっ、こいつを揶揄うのはやめとけ耐性がないんだ...お前も少し首すじを触られたくらいで声を出すなよ...」
そう言うと武雄は晶の手を握り歩き始めた。
「俺はコイツを連れて帰るから、じゃあな...」
そう言った武雄にヒラヒラと手を振る学友。
振り返る晶も一応頭を下げた。
その後も手を握られたまま引っ張られる晶。
どこか不機嫌そうな武雄。
己の醜態が酷かったのだろうかと俯いた。
そんな晶に武雄が口を開く。
「....なんで結んでいるんだ? 」
「えっ? 」
「だから、なんで結んでそのうなじを出してるんだって聞いている..」
「えっと...あの...暑いからで...」
正直に答えると握られた手をクイッと引っ張られ、路地裏へと連れていかれた。
正面に立つ武雄はむすっとしたまま晶を見下ろしている。
「あ...あの? ...」
改めて理由を聞きだそうたした時だった。
武雄の顔が近づき首すじにガブリと歯が食い込む音がした。
「いっ...」
一瞬であったが皮膚に武雄の歯がめり込んだ。
すぐさま離されたが晶の首すじをジンジンと痛みが襲う。
「...なんで...」
見下ろす瞳を見上げて口にした。
武雄はそれには答えずに晶の髪の毛を束ねていた紐を解くとパサリと髪が首すじを覆う。
すると、顔を晶の耳元に近づけそっと囁いた。
「俺の歯型が見えるから隠しとけよ...」
それだけ言うと武雄は握ったままの手を引っ張り帰路へと急ぐのであった。
晶が佐伯家へやってきて早二年。
一九四三年或る日の出来事である。
了
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