第一部 一九四一年、冬

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1 冷たい空気とは裏腹に澄んだ空は雲一つない快晴で歩くのにはもってこいであった。 空高く位置する太陽が土埃のする大地へと照りつけてくる。 簡易舗装の道路には所々砂利の姿が見受けられ薄いアスファルトの耐久性の無さを感じさせた。 引きずる足は土埃を舞い上げながら一歩一歩前へと進み、同じように吐き出す息は寒さにより白かった。 師走も後半となり世間が慌ただしく動いているのを山内晶(やまうちあきら)は年の瀬の所為なのか、それともつい数週間前の真珠湾攻撃により始まった大平洋戦争の不安からなのかわからなかったが、少なくとも今の自分の行動の原因は真珠湾攻撃によるところが大きかった。 じゃり。と一際大きめに足元の音を鳴らすと晶はピタリと止まった。 「....ここ? 」 手元にある紙の姉の字で書かれた住所を確認する。 見上げれば立派な門扉が佇んでおり、その柱には表札もあった。 表札の名を確認し、手元の住所と名前と書かれた紙をもう一度見遣る。 手元の名と表札にある『佐伯』という名を確認すれば同様のもので晶は目的地であると分かると姿勢を正した。 動かない左足を支える為に持った杖をギュッと握りしめる。 肺一杯に空気を入れるつもりで大きく口を開けて吸えば、ゆっくりと息を吐いた。 吐き切った所で声を出す。 「ごめんくださいまし」 少しばかり、声が上擦った気がして恥ずかしくなったが俯くことなく顔を上げたまま待った。 声を掛けてから、時を待つことなく白髪を一つに束ねた女性が着物に割烹着の姿で出てくる。 「お待ちどう様です。...あ..あの、失礼ですがどちら様でございましょうか」 女性は晶を見ると杖を持つ左手と左足に視線を向けて、そっと逸らした。 柔らかい物腰ながらも窺うような物言いである。 そんな女性に頭を下げると晶はゆっくりと自己紹介を始めた。 「驚かせて申し訳ありません。僕は山内晶と申します。本日より佐伯様のお宅でお世話になるようにと母に言われやって参りました」 「まあ」 女性は驚いた顔をすると「奥様に聞いてみないといけないわね...ちょっとお待ちください」と門から離れようとするのを晶は急いで引き止めた。 「あのっ、待ってください」 言うや否や下げていた深緑の布鞄の中から封筒を取り出す。 「..こっ..ここに母からの手紙がございますので此れを奥様へお渡しください」
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