第一部 一九四一年、冬

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くしゃりとならぬように端と端を持つと女性へと突き出した。 「はい。わかりました。少しお待ちくださいまし」 そう言い女性は晶を残したまま奥の玄関口へと小走りで駆けて行く。 その様子を晶はじっと見つめていた。 待つ時間というものは長いものだと覚悟を決めていたが思ったよりも先程の女性は早く戻ってきた。 「お待たせ致しました。山内様、さあどうぞ中へお入りください」 女性は子供以上に年下であろう晶に対し丁寧に頭を下げると屋内へと案内してくれた。 一歩、足を踏み入れる。 「......」 くぐった先には広大な敷地が広がっており、それは立派な日本庭園となっていた。 ついあんぐりと口を開いてしまうのも仕方ないであろう。 立ち止まり、口を開いたままの呆けたような姿に女性は気づくと少しだけ声に出して笑う。 「山内様、お口が開いておりますよ」 「はっ...いや...あのすみません」 晶は慌てて頭を下げながら足を運んだ。 母親に聞いていたよりも門をくぐった中は広く、立派でつい立ち止まってしまったのだ。 そんな姿を見せてしまったことに不安を覚え晶はちらりと前を行く白髪を見つめる。 「あの...本当に申し訳ございません」 そう呟けば、女性は振り返りにこりと笑って口を開く。 「まあまあ、そんなに緊張なさらないでくださいまし。山内様は奥様と従姉妹であると伺いましたよ」 「えっ? ...いやいや、とんでもない。...その、正確には僕の母が奥様の従姉妹で...」 杖をつきながら歩く晶のスピードに合わせるように女性もゆっくりと歩いてくれる。 優しい女性だと心中で感じた。 「...あの、実は奥様に会うのは今日が初めてなのです」 「まあ」 その反応に晶は苦笑した。 そうなのである。母親とこの屋敷の奥方である佐伯夫人は正真正銘の従姉妹であり、それは大変仲良く姉妹のように育ったという。 しかし、夫人がこの名家である佐伯の家へと嫁ぐと二人はおいそれと簡単には会えなくなったようだった。 結婚、出産などは互いに連絡し合って会っていたようだが晶を出産した後は親交も少なくなりずっと会っていないと晶は母から聞いていた。
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