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新しい町に行きたい。まだ知らない町だ。
どこか小さな町がいい。駅はそこそこ大きくて、特急ぐらいは停まるだろう。駅前は繁盛していて、居酒屋なんかもある。そこから歩いて15分も行けば、突然に静かに開けてくるのだ。
静かな川があって、そこには小さな橋が架かっていて、おれは、それを徒歩で渡る。着古したコートのポケットに手を突っ込んで、早足の冬を感じながら、まだなんとか暖かな秋の日差しに透けるすすきに一瞬だけ目を細める。
橋を渡りきった向こうは、駅前の賑やかさと裏腹に、チラホラ田んぼなんかも見えてくる。田舎にありがちな大学誘致の影響で、不似合いなデザインのアパートが目立つ。合間に昔ながらの住宅も見える。
夕陽に追い立てられるような鳥の声と、風に鳴く彼岸花にノスタルジーを掻き立てられて、腹が減る。道端の柿の木が気掛かりで、しばし見上げた。その角を曲がれば、我が家がある。
昭和のいつだかに建てられた小さな借家。引き戸が味わい深くて気に入って借りたが、積年の歪みで鍵がうまくささらないのには難儀している。大袈裟な音を立てて戸を滑らして、誰もいない奥に、ただいま、なんて声を投げる。
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