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「お待たせいたしました。ビーフシチューとたらこクリームパスタでございます…」
速見さんがビーフシチューで私がパスタ。
お互いの注文が、王道の看板メニューであることに笑いあった。
「いただきます!やっぱりここに来たら、これですよ」
「デザートは頼まなくて良かったの?」
二ッといたずらに笑うその顔!
「いいんです!もう…からかわないで下さい」
こうやってたまーにSっ気を出してくる辺りも、桐谷さんに似ている気がすると、最近思うようになった。
昼間の反応を見ると、本人は嫌そうだから言わないけど。
「やっぱり安定した美味しさですね」
「確かに。美紗こっちも食べる?」
シチューを掬ったスプーンの先を向けられ、わっ食べたい!なんて呑気に思ったが、瞬時に思い止まった。
「いっ、い、い、いいです」
「残念。引っ掛からなかったか」
―ピキーン…!!
何を言ってるんですか!?もうこれ以上、心臓に負担かけるのやめて下さい…―
知的で穏やかな速見さんはどこに?
って全部私が勝手に抱いていたイメージなんだけどね。
「今日はありがとうございました。すみません、家の前まで送っていただいて」
夜もそこそこ遅いし、車だから気づかれれることはないからと、社宅の前まで送ってくれた。
けれども私の内心は、誰かに見られやしないかとヒヤヒヤだ。
「言ってるだろ、僕がそうしたいだけって。それに、楽しかったし。また行こうな」
「…はい」
―ズキッ―
気持ちが燻っているせいで、素直に即答できなかった。
「今度はイルカに触れる水族館に行きましょう」
それでも、私も楽しかったのは本当だから、モヤモヤを払拭するために、目の前を見ようと思った…。
「あっ…うん」
目を見開き驚いた顔をして、真っ直ぐに私を見返している。
―どうしたんだろう?―
「嬉しいよ。美紗の方から誘ってくれるなんて…」
そう?…か…もしれない。
思い返してみたら、いつも速見さんに誘われてばかりで、私から言ったことがない。
―…?…!!―
ぐっと腕を引っ張られたと思ったら、不意に視界が暗くなった。
微かに香るこの香りは速見さんのもの。
頭の中に“ドドドドドッ”っと、ものすごい速さの心音が響きわたっている。
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