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無表情を決め込む女形の癒者の目が自分の股間を意識したと気付いて、篭絡は容易だと踏む。
黒髪で面長な癒者は沿海州の顔だ。沿海州人は気が向けば誰とでも寝る気質だ。
催淫の術を使うまでもなく快楽を求めてくるかもしれない。
癒者はそんなキリエルの甘い考えに気付いているのかいないのか毅然と言った。
「お渡しできる金品はありません。私の旅に付き添って下されば衣食住は私が負担します。目的地は教えられません」
「ミラー様っ」
「黙って」
金さえもらえれば良かったが、雇われる流れになり、やはり自分の魅力がそうさせたのだなと内心躍り上がる。
父のばらまいた手配書のせいで仕事にありつけていない今、旅の警護に雇われるのは願ったり叶ったりだ。
「衣食住だけじゃダメだなぁ」
嫌らしい含みをもたせた声で言った。
男の身体には興味はないが女形の癒者なら試してみるのも面白そうだと思った。
「お嫌ならここでお別れですね。どうせあなたが無闇に地脈を弄って出てきた魔物でしょう? 私たちは助けていただいたわけでもなく、あなたは自分の後始末をされただけ。でも、今夜の食事だけでもご相伴いただいた方がお得ではないかしら?」
キリエルはヘラヘラ笑いをやめた。
自分が誰か知れている。
「ミラー様っ、マンドリン」
少年が癒者の耳に囁く声が聞こえる。
「わかっています。彼はあの貼紙のせいで仕事にあぶれ、食うに困って追いはぎ紛いの親切の押し売りをしているんです」
癒者はキリエルに聞こえるようはっきり答えた。
やはり手配を知っていた。
キリエルはマンドリンを担ぎ直した。
金を奪って逃げるか…。
「私たちは今、魔術師なしで旅しています。護身魔法を心得ていますから。けれど、魔法の国を旅するには微力でもいるならいたにこしたことはない…、そしてそちらは仕事がなくてお困り」
キリエルは苛立ちを隠せなかった。
ここで金を無理矢理奪って逃げることもできる。
しかししばらくの間でも手配書の縛りから逃れ、衣食に困らない旅ができるのは楽で良い。
今も干し肉の欠けらだけでは満足できない腹がキリエルを急かしている。
衣食住だけでも十分なのだ。
しかしそれをすんなり認めたくない。
「私たちは無理に雇わなくても良いのです」
「魔都には行くか?」
魔都は出入り禁止だ。これから向かうというなら諦めよう。
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