マンドリンを背負った魔術師には気をつけろ

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 キリエルの顔を知る者は王侯貴族や豪商などの名士諸氏くらいだが、豊かな金髪に青い瞳でキリエルと聞けば誰でも廃太子を思い付くだろう。 「聖職者じゃないからです」  ミラーの言葉を聞いてたまらず振り返り、ミラーの脇に行くとその向こうのクロードに向かって言う。 「聖職者じゃないけど、生殖者なのさ。俺のポリシーは必ず一日一回種蒔きをすること!」  少年は首を傾げ、考えるそぶりをみせたあと、顔をしかめた。 「くだらな~い」  会話は途切れ、途中、軽い休憩で乾パンを水で流し込んだだけで道を急いだ。  しかし町に着かないうちに暗くなりそうな時間になっていた。  秋の夕暮れは早い。 「今夜は野宿かい?」  少し寒くなってきて、キリエルは吟遊詩人のケープと帽子を身につけた。  クロードもマントを羽織る。 「いいえ、必ず今日中に宿をとります」  ミラーはまっすぐ前を向いて歩みを緩めない。 「魔術師はダメでも吟遊詩人として働けないの?」  すっかり吟遊詩人の形となったキリエルをクロードが不思議そうに見上げてくる。 「俺は歌がからっきしダメでね」  あっさりした表情でいう。  クロードは目を丸くした。 「じゃあなんでその格好?」 「旅を引退した吟遊詩人の家からくすねてきた。マンドリン持って旅するにはこっちのが自然だろ」  キリエルは帽子の裏をみせて、吟遊詩人の証である片布がちぎり取られているのをみせた。 「当然、ギルドに登録もない」  クロードは呆れた顔をして質問をやめた。  キリエルはマンドリンのことを聞かれずに済んでホッとする。  手配書に書かれても手放せないマンドリン。  歌は歌えないがマンドリンを奏でるのがキリエルにとって女を抱く以上の楽しみで、マンドリンはキリエルの宝だ。
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