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丘の上の金色に輝く銀杏の太い枝にキリエルは寝そべっていた。
全身黒尽めの魔術師の装い。黒いローブのフードを目深に被り、秋の柔らかい日差しが作る陰に溶け込もうとしていた。
寂れた荒野の街道を誰か通るか見ている。2時間に一人通れば良い。
目ぼしい旅人がなく、今日は干からびる覚悟を決めようか。
と、旅装束の女が一人。
ちょうど落ちてきた銀杏の葉を二枚手に取り、薄い唇を寄せて呪文を唱える。
燃える大きな火の鳥に姿をかえ、けたましい鳴き声をあげて女の方へと飛び去る。
キリエルは木から飛び降りて、一度ローブを脱ぐ。
輝く豊かな金髪が波打つ。
魔術師には似つかわしくない虎皮の胴衣が、キリエルの美貌を引き立てている。
背嚢とマンドリンを背負うとローブを着直して腰紐を綺麗に整え、悠々と降りて行く。
フードの下で、嫌らしく片方の口角をあげる。
ほどなくして女の悲鳴が聞こえてくる。
キリエルは急がない。
少しくらい怪我をしてくれた方がいい。
恐怖が強ければ判断を狂わし、魔術に掛かりやすくなる。
女に気付かれない距離を保ち、火の鳥が何度か女の腕に爪をかけるのを見ていた。
女が倒れる。
ここぞと駆け出し、女の前で派手なつむじ風をたてて、鳥を消した。
黄色い葉が砕けた繊維が散って、あたかも火の鳥の羽毛のようだった。
「お怪我は?」
優雅に膝をついて女の腕を取る。
ズタズタに破れた袖に血が滲んできている。
キリエルは唇を女の手の甲に触れて呪文を唱える。
女がフードの中を覗き込んで頬を赤らめたことに気をよくする。
破れた袖もキリエルが手を触れると直って行く。
立ち上がりざまにフードを払いのけ、女の手を掴んだまま見下ろした。
波打つ金髪に空色の瞳の美青年が現れて微笑む、その効果を感じて満足する。
「ああ、魔術師様、命の恩人です」
その表情は崇拝の念に似ているが、高望みの望蜀の眼差しだ。
「お代をいただけますかな」
女の顔が急に嫌悪のモノとなった。
聖職者は見返りなど求めない。
相手が貧しい町人ならなおのこと。
崇拝から侮蔑の目に変化するのをキリエルは楽しんでいた。
「お金か、身体か」
望んだはずだ。助けてくれた美男が愛を語るのを。
「魔術師様は聖職に身を…」
「ああ、俺はセイショクに人生を捧げてるさ」
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