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抜いた後にキリエルは日付の入ったメダルを差し込む。
魔術のかかったそのメダルは月のモノに溶けて流れるか、赤子が手に握って産まれてくる。教会で祝福を受ける際にそれを示せば、皇子の子としての処遇を受けられる。
子供が産まれない限り知られることのない仕掛けはキリエルの少しばかりの良心。
だが、これまでにメダルを持ち込んだ者はいない。
犯された事実を忘れるためだろう。
娘はまだ余韻の中にたゆたい、母は放心状態で座り込んでいた。
キリエルは街道を女たちの来た方へ、国の外れの町へと向かった。
産業もなく、大きな農場も、特産品もない田舎である。隣接するエスメラルダ公国の領地も田舎のため町はさほど大きくはないが、関所がありそれを守る警備隊が常駐しているおかげで物流と人の流れだけは頻繁で賑やかな町だ。
町の入口の掲示板を見て、キリエルはため息をついた。
『マンドリンを背負いし魔術師に注意されたし』
こんな外れの町にも手配が回っているとは…。
あの女から金も受け取っておけば良かったと後悔する。
キリエルは一文なしだった。
女にとって金を奪われることより、身体を奪われる方が苦痛だとは思いもしない。
金を奪わないのが良心だと思っていた。
魔術師として町に入るメリットがないと判断すると吟遊詩人のケープと帽子を身につけ、マンドリンは背嚢の中に仕舞って、マンドリンの頭だけ出させた。
この町には一階で小料理屋を営む小さな宿が一軒あるだけ。
通りに出された席は満員で、キリエルはその間を縫って店の扉の前で給仕たちに指示をだしている少しばかり年増の女に声をかけた。
「夜までの休憩と、食事と…、出来ればあなたを所望したい」
甘いマスクで言えば、女は豪快に笑った。
「うちは歌でお代にはしないよ」
「残念ながら今は喉を傷めていまして、わずかばかりの蓄えですがお支払いできるはずです」
キリエルは手の平にいくつかのコインを出した。
女は覗き込んで、鼻で笑う。
「これっぽっちじゃ部屋と食事で釣りを出すのが精一杯だね」
「そうですか…ではこれで…」
金貨を一枚追加する。
女は満足げに頷き金を受けとる。
キリエルに顎で店の奥へ進むよう指示して、自分も後に続いた。
その後ろ、テラス席のあちこちで支払いの過不足でちょっとした口論が発生していた。
キリエルがくすねていたのだ。
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