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第14話「サイケデリック・ハッピー・シガレット」
五月の空は晴れていた。
生徒達はポリ袋とゴミバサミを持って校舎の外へと散ってゆく。
楽しそうな生徒、やる気に満ちた生徒、不満交じりの生徒、様々だ。
もちろん静さんと兎月は後者である。
兎月が十個目のペットボトルを退屈そうに拾ったところで静さんが口を開いた。
「残念?」
「ん……そうだね」
「本当は舞泉さんと組みたかったのよね」
気だるそうだけど、意地悪な口調。
「まぁ、そうだけど。それはまたの機会に取っておくよ」
「あの娘、兎月のこと好きじゃないわよ」
さらに意地悪そうな口調。
「ふふ……知っているよ」
興味なさそうに答える。
随分と淡白に認めてしまう兎月を、静さんは意外な表情で見つめた。
兎月には恋愛に伴う熱量がほとんど無い。静さんだって、普段クールなくせに兎月のこととなると、感情に熱が乗ってしまう。
「兎月、本当にあの娘のこと……」
「本気で好きだよ」
「そう……」
自分の何処が好きなのか? そういう質問ほど無意味なものは無い。と、静さんは思っている。
言語化できない「好き」に後付けの理由を足しても、想いが陳腐になるだけだ。それはたぶん、だから引き算なのだ。
「ねぇ、静さん。人はどうして人を好きになるんだろうね」
「兎月って、たまに変なこと聞くよね。口走るというか……」
「自分ひとりの体温じゃ、不満なのかな」
「自分の体温だけじゃ、寂しくて死んじゃう生き物なのかもね」
「弱いね」
「弱いから、ペットボトルも空き缶も捨てていっちゃうのよ」
静さんは空き缶の一つを、面倒そうにポリ袋の中に捨てなおした。
「静さん、僕と一緒に居ても、あまり良いことは無いと思うよ」
「そうかもね。でも、悪いことばかりでも無さそう」
「映画、『砂丘』っていったっけ?」
「古い映画も、兎月の中では要らないゴミのようなものなのかもね」
「ピンク・フロイドとグレイトフル・デッド?」
「サイケデリック・ロックバンドよ」
兎月はサイケデリックも砂丘にも、行ったことがない。
「今では古くてゴミになってしまった物たちに、意味を与えようとした映画。でも、当時は全部必要なものだったのよ」
「このアルミ缶みたいにね」と、静さんはポリ袋の中に一つだけ入っている空き缶を揺らした。
白い雲の向こうの青い空。何処かから風が吹いてきて、二人に少しだけの涼と夏の匂いを運んでくる。
「まだ間に合うなら、行こうか。その映画」
思いも掛けない兎月の言葉に、静さんが笑顔になる。
例えば廊下ですれ違ったときに挨拶をしてくれる。
例えば前触れ無く、何気ない話題を振ってくれる。
例えば何が好きかを聞いてきて、何が嫌いかを教えてくれる。
半透明の袋の中に、半分ほど入った空のペットボトルの数。
誰かに捨てられた要らないものたち。
それを拾って、回収して、意味のあるものに作り変える。
リサイクルっていうんだ。
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