とろける夏

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 由宇の携帯が震えたのは、ふんわりおぼろ豆腐を食べているときだった。  居酒屋のご飯はなにを頼んでも味が濃い。たまに薄味のものが欲しくなる。サラダをもうひとつ頼むか迷って、豆腐にした。ひんやり冷えた豆腐はとても美味しかった。 「正隆?」  わたしは弾かれたように豆腐から顔を上げた。  正隆? 今、正隆って言った?  由宇がうかがうような目でこちらを見ている。大正解。わたしは、行儀悪いと思いながらも、テーブルの下で由宇の膝を押した。 「呼んで」 「っと、今、木下と、飲んでる……。そう、南高の木下寿々葉、久しぶりに会って、」 「呼・ん・で」 「うーん、何時になるかな、まだ分かんない、」 「呼んでったら」  いよいよ情けない顔をしながらも、由宇はちゃんと言った。 「正隆も、くる?」  よし。 「久しぶりね」 「ああ」  由宇とも卒業式以来なら、堤と会うのも卒業式以来なのに、店に入ってきた瞬間から、堤だと分かった。  元々高かった背はさらに伸び、全体的にがっしりした感じ。スーツだから余計にそう見えるのかもしれない。  ネクタイこそ軽く緩めているものの、ラインのきれいなダークスーツ姿で現われた正隆は、どこから見ても働き盛りの30代だった。 「とりあえず生?」 「そうだな、とりあえず生で」  堤は笑って言った。  お互いのイメージは制服姿の高校生のままなのに、会話は自然と大人のそれになってしまっている。面白いといえば面白い。 「灰皿、要る?」 「いや、煙草はやらないんでいいよ」  ようやく由宇が、むっくりと伏せていた頭を起こした。目は潤み、顔は赤らみ、完全に酔いが回っている。 「早かったね」 「お前も早いな、どれだけ飲んだんだ」  堤の手が由宇に伸びる。 「木下に飲まされた」 「人聞きの悪いこと言わないで」  怒ってみせながらも、わたしは少しどきどきしながら成り行きを見つめていた。堤の長い指が由宇の茶色い髪に触れる。なにかつまんだと思えば、揚げ物のカスのようだった。  前言撤回、お子様かまったく。  堤は皿の端に落とし、おしぼりで指先をぬぐった。  堤との話題は尽きなかった。  由宇の話もそれはそれで面白かった。名前も聞いたことのない国のこと、片言で通じ合う現地の人との会話、舌が焼けるほどに辛い料理のこと。手振りを交えた由宇の語り草に、心は躍った。
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