さよならの足音

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「やぁー、元気?」 「おまえ……なんで、ここに……」 「えー、帰国したから?」  間延びした由宇の答えに、スーツの男・堤正隆(つつみまさたか)は声をあららげた。 「だから、どうして帰国したんだと聞いているんだ」 「お休みもらったの。仕事ないときってうちに帰るもんじゃない?」  男の剣幕も微塵もこたえた様子はなく、由宇は涼しげな目元を細め、にへらと笑って続けた。 「だって、ここ、正隆のうちであると同時に俺のうちでもあるわけだし。コレ、そういう意味じゃないの?」  コレ、と由宇が小造りな顔の横でちらちら動かしてみせたのは、鉛色に光る一つの鍵。  それは、正隆がほんの2ヶ月前、海の向こうにいる由宇当てに送った手紙に同封したものであり、このマンションの部屋の鍵だったのだ。  へへへとうれしさを隠しもしない笑みの由宇に、 「それはそうだが、予め連絡くらいしろ」  写真の中の学ラン姿の少年は、身にまとうものをスーツにかえても、眉間にしわを寄せまったく同じ難しい顔をした。 「久しぶりに正隆のいれたコーヒーが飲みたーい」という由宇のお願いをうけて、正隆は淹れたてのコーヒーをもってダイニングに現れた。  由宇は木製のテーブルにちゃっかり腰を下ろし、きょろきょろと部屋を見まわす。 「賃貸なのにアイランドキッチンなんて贅沢な造りだねー。駅からちょっと距離あったけど、セキュリティーもしっかりしてたし、ここ、高いんじゃないの?」 「お前に破られてちゃ意味ないがな」 「俺はれっきとした住人だもーん。俺の部屋も見たよ。荷物、全部運んでくれたんだね」 「運んだのは業者だ」 「でも手配したのは正隆でしょう? ありがと」 「浮き草ですら根はある」  テーブルに頬杖をつきでれでれの顔をしている由宇の間の前に、正隆は「ほら」とカップを差し出した。 「わーい、いただきます」 「熱いから気をつけろよ」 「ふふふ、相変わらずの世話焼きさん」 「うるさい」  由宇は、正隆がガンっと机の上に置いたカップを両手で持つと唇を尖らせてふーふーとふきはじめた。  それをみて、正隆も由宇の向かいに腰を下ろしたのだ。
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