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「痛っ! またかよ!」
結城智史は、自分の胸を押さえた。
さっきまで、西房総第一小学校の体育館で卒業式が行われていた。卒業生は全部で11人。そのうち9人が海沿いを3キロほど南に下った西房総中学校に進学し、残り2人が東京と名古屋に引っ越していく。
西房総第一小学校は、児童数減少で、西房総第二小学校と統合することが決まっていた。統合後の学校は、施設が新しい第二小学校を使用する。だから、第一小学校で行われる卒業式は、これが最後だったのだ。
智史は富田譲と、校門を出た右脇にある大きな岩に腰掛けていた。眼下の海から吹き上がる風が、真横にあるシュロの木を激しく揺らし、枯れた葉が、時折頭の上から降ってくる。
「おまえ、『西中に行く!』って言ってたよな!」
智史は、強い口調で譲を責めた。
智史と譲は親友だった。とくに高学年になってからは、毎日のように足元が見えなくなるまで遊んだ。楽しいことも悲しいことも、いつも一緒に体験した。その譲が、名古屋に引っ越すことを黙っていたのだ。
いつもなら、絶妙な返しをするはずの譲が、今日は申し訳なさそうに押し黙っている。
「何とか言えよ!」
智史が大声を出した瞬間、肋骨の間を刺すような痛みが襲ったのだ。
智史が自分の能力というか、困った体質に気づいたのは、高学年になってからだった。自我が芽生える低学年の頃から、胸が痛くなる症状は出ていた。それが、年を追うごとにどんどん酷くなっていく。自分では、『何か特別な病気に罹っているのでは』と、ずっと気に病んでいた。ところが3年前こころの授業で教わった、『人を傷つけると、自分の心が、胸が痛くなるんですよ!』という担任の言葉で、『そうか、そういうことだったのか!』と、すっかり合点していたのだ。
それから何度も痛みを積み重ね、他人の傷つくポイントを学んでいった。今でも人を傷つけ、胸の痛みに顔をしかめることはあるが、耐えきれないほどの痛みを感じることは無くなっていた。
だから、他人の悪口を含め、なんでも誇張して話す譲のことを、『あの様子じゃ、いつも痛い思いをしているんだろうな……』と、呆れていた。
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