2 入学早々

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2 入学早々

 糊のきいた白いYシャツ。手の甲まで隠れる大きめの紺のジャケット。小学生と中学生はまるっきり違う。心構えが違うし、制服のせいか見た目が大人びて見える。でも、中身はほとんど変わっていない。  今日は西房総中学校の入学式だ。玄関前で、母親の美枝子が智史の制服姿をファインダーに収めた。 「よし!」  智史は緑色の自転車のサドルにまたがった。自宅から西房総中学校まで、海沿いの県道を南に4キロも走らなければならない。通学距離が2キロ以上ある生徒は、自転車通学を許可されている。だから智史も、当然自転車通学だ。入学祝いに、新品の26インチ自転車を祖父の作造からプレゼントされていた。    智史の家は、西浦漁港の入り口にある小さな釣具屋だ。家族は父の晋作と母の美枝子、それから祖父の作造だ。子どもは智史一人だけだった。  晋作は西房総市の職員。まちづくり課に勤務し、町内の行事やイベントなどのサポートをしていた。気の荒い漁師町のことだ、特にお酒の入る祭礼はトラブルが多く、クレーム処理に四苦八苦する父の姿を、智史は何度も見ていた。  釣具屋の店番は、作造と美枝子の仕事だ。作造は、5年前まで結城丸という釣り船のオーナーだった。シーズンになると、多くの釣り客を漁場に運んでいたが、腰を痛めて引退してしまった。それからは、悠々自適な生活だ。釣具屋が暇なときは美枝子に店を任せ、一日中堤防で釣り糸を垂らしていた。 「入学式は、おじいちゃんと一緒に行くからね!」  美枝子の声を背中で聞きながら、智史は大きくペダルを踏み込んだ。  春の海の、若い磯の香りが漂ってきた。眼下の海には、小さな波頭がキラキラと広がってる。 『どんな中学校生活が待っているんだろう……』  智史の自転車のスピードは、自然と勢いを増していった。   「オレ、三上っていうんだ、よろしく!」  三上卓也が右手を差し出してきた。  入学式が始まる前、新入生は一階の教室に集められた。 「あっ、よろしく! 結城です。」  智史も慌てて右手を差し出した。突然話しかけられたので、つい敬語になってしまった。  あれっ?  次の瞬間、智史は戸惑った。卓也が智史の手のひらを、強く握りつぶしてきたのだ。  こいつ、めんどくさいヤツだ……。智史は、思い切り卓也の手を握り返した。
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