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このとき僕は、祖父母の家がまるで悪魔の館のように思えたものだ。
今すぐ逃げ出したかったが、家に帰る電車はもう終わってしまっている。翌朝まで何とかやりすごすしかないのだ。
うまくごまかそうと決意した。ここが正念場である。なるだけ落ち着いて答えた。
「うーん。僕にはぜんぜんラブレターには思えなかったけど。ていうか、すごいショックだったよ。おばあちゃんがこんな激しい人だったなんてさ。おじいちゃんの気持ちになって読んだけど、僕はおそろしくて震えあがっちゃった。それ以外の感情はこれっぽっちも感じなかったな。ただもう純粋に怖かったっていうか」
「そうかあ。この手紙のメッセージに気づかなかったかあ。まあ、普通はそうだね」
それがノーマルなのである。アブノーマルな祖父は、嬉しそうな表情で何度も頷いている。そっけなくはねつけられたことが、かえって快感だったのかもしれない。得意げに言葉を続けた。
「おまえのお父さんにも、この手紙を見せたことがあるんだ。そのときもあいつが高校生の時だったね。やっぱり最初はラブレターだって分からなかったよ。けれどもわたしがヒントを出すと、自分で気づいてしまった」
と、試すように僕を見た。とんでもない事実をさらっと明かされてしまった。
父も実はマゾヒストで、それを祖父が示唆してやったと言うのだ。
思い当たるふしがないでもない。母がぶつける小言に対して、父はいつも仏頂面で黙っている。
その態度に母はさらに怒って、小言が大事になっていくのが常なのだが、実のところ父はわざとやっていたのではないか。内心では快感に打ち震えていたのだ。
そうすると母も疑わしくなってくる。祖父が祖母を見初めたように、彼女もサディストである可能性は否定できない。
とんだ変態一家だ。呪われた血族と言うしかない。もううちへ帰るのも恐ろしくなってきた。はなからあの家は悪魔の住処だったのだ。僕は悪魔に育てられたのだ。
しかし自分は断じて負けない。最後まで戦ってみせる。あくまで穏やかさを崩さず、祖父へ視線を向けた。
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