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私はスマホが嫌いだ。
だからと言って他人との交流とか繋がりだとかが嫌いと言う訳ではない。私にだって大切な家族や友人はきちんといる。
私はスマホがパーソナルな空間を脅かしている現在の世界が嫌いだ。
いわゆるガラケーの時代からもカメラ機能は身近なものとなっており、いつでもどこでも写真や動画が撮影できた。
しかしスマホが普及した現在、純粋なカメラの性能向上に加えてSNSの大流行の影響から、すっかり写真や動画は生活の一部となっている。
誰もが旅先で撮影、記録用に撮影、日常を撮影。
これが腹ただしい。
観光地などで素晴らしい景色を見たときを思い出してみよう。雄大な景色、その場所の空気感や香りや身体を掠める風の感覚、心をフルに使って私の中に取り込んでゆく。
広大な空間を独り占めする満足感や優越感に浸りたいわけではない。まわりに人がいくらいようが関係ない、むしろこの感動を共有している仲間という意識すらある。
しかし現在は違う。
まわりの人々はそれぞれが「個人」である。
より良い写真、動画を撮影して発信しようと各々が知恵を捻っている。本来の目的は何かと問いかけてみたいが、そもそも彼らにとっては本来の目的が撮影及び発信であるのだ。
いつでもどこでも隣にはスマホ、スマホ、スマホ……
私が感じている、周囲の世界が写真や動画により切り取られていく感覚がパーソナルな空間の消失を意味しているのだ。壁に耳あり障子に目ありとはよく言ったものだ。これからの時代はその壁も障子もなくなる。
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