風鈴

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 やらなきゃいけないことはある。たとえばアルバイトに行くこと。要するにお金を稼ぐこと。しかしそれは生活のためというよりは、贖罪のための金であり、途方も無い金額が要求されており、暑さの中でそれを思うと、体がぐったり重く、怠くなる。  そういう状況でもいつもと変わらず、ちりん、と頭の上でする小さな音。ちりん、ちりん。小さな風でも、涼しさなど感じない熱風でも、風を受ければ音を立てる。たまに、風を感じない時でも音を響かせていたりする。水の中を仲良く泳ぐ赤と黒の二匹の金魚の絵が揺れる。 「この音で涼しい気分になれるだろ」  風鈴をこの場所につけたダイキの言葉が浮かぶ。誰にでも好かれる、人懐っこい笑顔が浮かぶ。買って帰って来て早々、嬉々として軒下に吊るしていたのは昨年の夏だった。もう一年経ったのか。  彼は今、この家のどこにもいない。この街にもいない。どこに行ったのかわからない。
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