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第二十話 から衣 きつつなれにし つしまあれば…
【伊勢物語 第九段 から衣より】
昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、「京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めに」とて、行きけり。
もとより友とする人ひとりふたりして行きけり。
道知れる人もなくて、まどひ行きけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の蔭におりゐて、乾飯食ひけり。その沢に、かきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、
「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ」と言ひければ、よめる、
『からころも着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ』
とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙おとして、ほとびにけり。
【現代語訳】
昔、男がいた。その男は、自分の身を世には不要役と思い込んで、
「京にはいるまい、東の方に住みよい国を探しに行こう」と思って旅に出た。以前から友とする人、一人二人と連れ立って。道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。
三河の国の八橋という所にたどり着いた。その地を八橋と言ったのは、水の流れる川筋が蜘蛛の足のように八方に分かれているので、橋を八つに渡していることから、八橋と言った。
その沢のほとりの木陰に馬から下りて座り、乾飯を食べた。その沢に、かきつばたが非常に綺美しく晴れ晴れと咲いている。それを見て、一行のある人が言うには、
「“かきつばた”という五文字を句の先頭に置いて、旅の心を歌に詠みなさい」と言ったので、詠んだ歌は、
『からの衣を着つづけてると体になじんでしまう。ちょうどそのようにいつも身近にいてよく長年馴れ
親しんだ妻が京にいるので、はるばると遠くまでやって来た旅の遠さがしみじみとやるせなく思うことよ』
と詠んだ為、同行の皆は乾飯の上に涙をこぼして、その涙で乾飯はふやけてしまった。
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いよいよ業平が東下りをすることになる。果たしてその経緯と旅路は如何に?
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