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お皿を洗う役目は千晃が引き受けてくれた。両親が共働きだった千晃は、私より余程家事の手際がいい。
雨はまだ降り続いていた。激しい風が、アパート前の木を揺らしていた。カチャカチャと食器が軽くぶつかり合う音を聞きながら、千晃の背中を眺めた。話題はもう思いつかなかった。
一人暮らし用のキッチンは狭く、洗い物をする千晃の後ろは人ひとり通るスペースがやっとだ。
彼の背後に立ち、腕を回した。おへその真ん中に指を這わせると、千晃は「じゃま」と迷惑そうな声を出した。だけどそのニュアンスは心底嫌そうな「邪魔」ではなくて、文字にすると平仮名で書かれていそうな「じゃま」。その温かさに安心した。背中に鼻を埋めて、彼のにおいを吸い込む。深呼吸をする。
しばらくそうしていると、キュッと音をたてて、水音が止まった。
『あ、くる』
何故だか直感した。慌てて口を開いた。
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