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「あー、やっぱりその声、純ちゃんやった」
「あれ、芳佳じゃん。偶然」
千晃に小突かれて笑っていると、前の座席に座っていた栗色の頭がくるんとこちらを向いた。声をかけてきたのは同じ学部に通う芳佳だ。駅前で買い物を済ませたのだと言う芳佳の目線が、値踏みするように私たち2人を行き来する。直角に上を向いた重そうなまつ毛がパチパチと音をたてた。
「噂の彼氏さん? 仲良さそうでええなぁ」
「やだな、恥ずかしい」
ほどけかけていた手の平を、もう一度握り直した。千晃は「どうも」と言ったきり、気まずそうに窓の外に目線を逸らした。本降りになった雨が、バスの窓に勢いよく叩きつけられていく。
「うちも、これから彼氏のお家でデート。この雨本当やんなるなぁ。じゃ、ここで降りるから、またなぁ」
「彼氏?」と訝る間もなく、芳佳は手を振りながら降りていった。彼女が降りた先の停留所では、短髪の男性が傘を広げて芳佳を迎えていた。先日までLINEのやり取りに一喜一憂していた同じ学部の男子のことなど一切覚えていないかのように、芳佳はその男と腕を組んで歩き始めた。
大学生の恋愛バブルは入学式以降、高騰し続けている。同じ学部の誰と誰が付き合っただの、二年の先輩があの子を狙っているだの、あの子はサークルの誰それといい感じなんだ、だの。
薄ら寒い。
そんなの、誰でもいい誰かの寄せ集めだ。インスタントラーメンのようにお手軽な恋愛ごっこ。誰かを好きになる気持ちは、もっと、丁寧に丹念に育てられるべき特別なもののはずだ。
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