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しゃくりあげる呼吸の下に、すでに次の嗚咽が用意されているのは何故なのだろう。
41度に設定したシャワーは、熱い。容赦なく熱い。1人きりのバスルームに、湯気がもうもうと立ちのぼっていく。勢いよいシャワーの音は、終わらない嗚咽をかき流し続けた。
泡が、排水口へと流れていく。
「私のこと、もう好きじゃないの?」
その問いかけに千晃は「そんなわけあるかよ」と小さな声で答えた。
「好きな人ができた」と千晃は言う。じゃあその「好きな人」は、どうして私ではないのだろう。
ぬぐっても、ぬぐっても、涙はとめどなかった。
バスルームの扉を開けると、ひやりとした空気が濡れた素肌に張り付き、身震いをした。
「帰らないで」と泣く私に千晃は困ったような顔を見せた。
「雨が止むまでで、いいから」
雨は一向に止む気配を見せなかった。それどころか雨あしを強めている。
まして、夜も9時を過ぎれば駅行きのバスもなくなってしまうような片田舎だ。歩くとなれば駅までの道のりは50分以上かかる。植物園は夜間に光を当てるのは厳禁という理由で、大通りには街灯もなく、夜は不気味なほどの真っ暗闇が延々と続く。最近変質者も出たという噂もあるくらいだ。
「植え込みから全裸の女が飛びだして、男子学生を追いかけるらしいよ」
涙を拭いもせずに身ぶり手ぶりを交えながら必死で説明すると、千晃はようやく「なんじゃそら」と笑った。
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