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『遠恋? 余裕っしょ』
幼い私の声が蘇る。そう、余裕だ。長い人生の途中で1度くらいの別離など、なんてことはない。だって私は今でも彼の心が私の元へ戻ってくると信じている。たかが好きな女ができたくらい、なんだと言うのだ。
『上手くいくかもわかんないよ』
左手で鼻をかく千晃の顔を思い出した。馬鹿だなぁ、千晃。その言葉は嘘になんかならない。言葉通り、「上手くなどいかない」。
「昨日はバタバタして、動画、見そびれちゃったね。代わりに、送ります」
メッセージを送る。動画をトーク画面に送信する。時間をかけて送信された動画の再生ボタンを押すと、そこにはすぐに千晃の部屋が映し出される。
カメラの音声が荒い息づかいを拾った。ベッドの上で二つの人影が絡み合っているのだ。
男に馬乗りになった女が、馬鹿みたいに高い声で喘ぐ。画一的な上下運動。愛のない粘膜の擦り合いなら猿だってできる。
明るい茶髪を振り乱す女が、下に組みしだく相手は千晃ではない。大方、千晃がバイトか講義で不在にするのを狙って、ラブホテル代わりに連れ込んだのだろう。
ねえ、千晃。こんな女最低じゃない。
そんな女と、上手くいくはずがないじゃない。
「千晃、大好き」
メッセージを送る。
その横に既読の文字が並ぶのを、私はずっと眺め続けた。
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