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「あ、あっっ!」
ぐわしゃ、と、無抵抗にヤられる音が終電後の駅前駐輪場に響いた。
蛍光灯が切れかかった街灯の、チカッチカと不規則な点滅が足元の惨状を無機質に照らしてはあやふやにぼかす。見なかった事にしたい本心を表すかのように、その光と闇は交互に眼底に忍び込んだ。
「………そんなぁ…」
粘度のある液体が溢れ出し、表通りのネオンがテラテラと映り込む。原型を留めず無残に砕け散った乳白色の一片を拾い上げると、トーコはガックリと肩を落とし、鼻と口の両方で息を吐いた。
自転車のカゴからふいに脱落したプラスチックパック。昼間の激務で気力も体力もゼロのトーコは、迂闊にもその光景をスローモーションで傍観してしまったのだ。
閉店五分前に滑り込んだスーパーで、辛うじて手に入れた十個の宝。朝食に食べたかったフレンチトースト用だった。
こんな所で手放すなんて、ありえないのに。
「最悪。鈍臭いタマゴね、あなた達」
パックの中に留まったまま瀕死の状態の五、六個を救命したトーコは、気を取り直して愛車のサドルに重い身体をあずける。
日付の境界線を越えたのは、立ったまま沈んだ微睡みの中だった。都心の地下深くから辛くも逃げ出すように滑り出た最終電車は、朝のラッシュアワー並みの密度で無抵抗のトーコの体を押し潰した。だから、さっきの無残な光景もまるで他人事に感じない。
今、トーコの殻は生卵のそれより脆い。
駅前から放射線状に伸びる五本の道の中から、混沌とした意識に平手打ちして正解のひとつを選ぶ。閑静な住宅街は既にどの窓も灯りが落ちていた。あるワンルームマンションの一室から漏れるテレビのビカビカしたえげつない光線が、非常なまでに際立っている。
トーコはペダルをギシギシ操りながら、今日一日をボンヤリ俯瞰した。
人間の適応能力に限界は無いというのがトーコの持論だ。過酷な環境とは要するに、相手から見たら自分がアウェーだと言う事なのだ。そう考えると、上手に反りを合わすことが出来ないのも無理はないと白旗を振ることが出来る。
その最初の敗北宣言、ゼロからの始まりこそが、その後の活路を見出す入り口だと、思っている。
思っている、のだけど。
それにしても、この道は相変わらず長くて退屈だ。
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