フィルムは疾うに亡いけれど

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「僕の心をこれから記録するよ」 灯也は自分の腕に刺さっていた真っ青なチューブを引き抜いた。痣になっている針の跡に、俺の目は釘付けになる。 「ひとりで、死にたくない」 そして彼は、チューブの針を俺の手首に突き刺した。それは灯也の臓器の形状を保つための凝固剤だった。健全な人間に投与すれば、血液の循環そのものが止まってしまう。 俺は彼の細い手を振り払おうとする。けれど、灯也は掌を重ねて抵抗し、もう一度言った。 「ひとりで、死にたくないよ」 凝固剤が投与されなくなったせいで彼の鼻からは赤い血が滴り、耳からも液体状の何かが溢れ出していた。俺の身体にも異変が現れ、痙攣のショック症状が始まる。 「灯也。嫌なのは、ひとりか? 死ぬのか?」 我ながら馬鹿な質問だと思いながら問う。 「ひとり、が」 彼はえずき、赤い塊を吐き出した。バイタルサインの異常を知らせる警告音が鳴り響く。しかしそれに駆けつける者はいない。患者の彼と、彼を治す為に専属の医者となった俺以外に、この島に人はいない。ただ〈ヴィーディー〉のカメラだけが俺達をじっと見つめている。 「なら、俺の心も、記録、しよう」 血液の巡りが遅くなり、酸素欠乏の症状が顕著になる。俺は、灯也の弱々しい手を握った。 「ふたりで、いよう」 真っ青な顔で、俺達は微笑んだ。この身勝手な友人の願いを聞くことが、彼を治せもしなかった俺の、矢張り身勝手な罪滅ぼしだった。 灯也の肌に亀裂が入る。壊れてしまった人形のように無慈悲で、無機質な亀裂から血が吹き出していく。カメラが苦しむ灯也を遺す。彼の手を掴む俺を遺す。 フィルムは疾うに亡いけれど、俺と君と、ふたりでいよう。
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