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あれは確か、花魁がまだ客を取り始めたばかりの頃だったか。
昼に女を買いにきた旗本の相手を終え、昼下がりののどかなひと時を膝の上に乗せた黒猫を撫でて気ままに過ごしていた時だった。猫が突然、花魁に向かって話しかけてきたのだ。
「ここから出してやろうか」
猫が口をきいたのだから、花魁はもちろん目を丸くした。でも、気味悪がって猫を膝から払いのけることはしなかった。
「おやまぁ、いきなり何を言い出すんだい、あんたは」
驚きはしたけれど、頭の片隅では妙に納得していた。何しろこの猫は物心ついた時からずっと傍にいて、花魁が7つで売られた折にもそっと後からついてきてくれた。だから齢はどう少なく見積もっても15を超えているはずなのだ。なのにいつまでたってもその俊敏な動きは衰えず、美しくも滑らかな毛皮は光沢を失う事が無い。そして、その体にノミやシラミがつくことも、泥や土埃で汚れる事すら皆無なのは、明らかに不自然だった。
だから、そんな猫ならば人語を解すくらいはやってのけてもおかしくない。
それに花魁は猫が大好きだった。幼い頃からずっと一緒に過ごしている大切な家族だ。だからたとえ化け猫であろうとも、何ら怖いことは無かった。
猫は花魁の膝の上に丸くなったまま、首だけをぬっともたげ、重ねて問うた。
「塀の中から、表の世界へ出たいだろう」
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