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「わちきは遠慮しておきんす」 花魁はくすくすと笑った。 「こなたへ売られてくる前に、おとっつぁんが言ったのをあんたも聞いていたねぇ。『吉原でなら3度のおまんまにありつけるし、綺麗なべべも着られる。女には極楽みたいなところだよ』って」 「真に極楽か?」 「そうさねぇ…」、と思案するように花魁は首を傾けた。 「でもまぁ、若くて綺麗なわちきの事はみんなちやほやしてくれるし、わちきが稼がないと、この店のみんなが困るんでありんしょ。やっぱりわちきは吉原で暮らすんで構わねぇんす」 それよりも、と花魁は猫に頼んだ。 「姐さんたちを連れ出しておくれね」 花魁が名を挙げたのは、亀まつ、萩野、菊千代、という3人の女たちだった。 「それがねぇ、もうすぐ年季が明けるのに、身請けしてくれる人もいないし、このまま吉原に残ろうにも芸事は苦手だし、かといって遣り手になる力量も無い。揃いも揃って3人とも今後が何も決まっていないんよ」 団子ッ鼻で肌が浅黒く、その上痩せ過ぎて異様なまでに骨ばった体つきの亀まつ。背が高く、勝気でがさつな性分を男たちから敬遠されている萩野。陰気で、しかも気が弱いものだからせっかく馴染みになってくれそうな客がいてもすぐ他の女に奪われてしまう菊千代。 客が取れない遊女ほど辛いものは無い。店側からの視線は刺々しく、周りの女たちからも冷笑される。その上、お茶を引く、つまり一人寝する夜は自腹を切って罰金まで払わねばならないのだ。もっとも、この3人が26歳という大年増になるまで業病(梅毒)を患うことなく、生き延びてこられたのは客の相手をする頻度が低かったせいかもしれないが。 猫は首を斜めに傾けてみせた。 「その3人をここから出してほしいのか。それが願いか」 「頼めるかぇ」 「心得た」 翌日、猫は裕福な商家の隠居に化けて店を訪ね、花魁が名を挙げた3人を身請けして吉原から連れ出していった。
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