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後日訪ねてきた猫に聞くと、あの時の身請け銭は金貸しに飼われている知り合いの猫に都合してもらったのだとか。ご主人の金箪笥から無断拝借してきたものだから、露見を恐れて怯えきっていたその猫からは、とにかく年内に返してくれ、と懇願されていたそうで、猫はその後、連れ出した3人の女たちと一緒に金稼ぎに励んだ。 猫はまず、女たちを使って、裕福な商家の妻女たちの髪を結って家々をまわる、女髪結いの商いを始めた。 「縫い物も煮炊きもろくにできない遊女上がりが食っていくには、それしかあるまい。幸い、吉原仕込みの髪結いの技は市中の女たちにも喜ばれたからな」 そして女たちの身請け銭を稼ぎ、金貸しの猫への借金を返済し終えた翌年、猫は髪結いの店を構えた。場所は料亭や茶店が多く立ち並ぶ、華やかな柳橋界隈の裏通り。これからは家々をまわるのではなく、客自身に足を運んでもらう店を作ることにしたのだ。 「働く場所さえ作れば、他の女たちも呼び寄せられる」、というのが猫の考えで、3人の大年増たちのように行き場の無い女たちを吉原の他の店からも次々と引き抜いていった。 眼病を患って盲目になった少女や、疱瘡により痘痕面(あばたづら)になった娘。店の中でひどい折檻を受けて身も心もぼろぼろになっていた女もいた。 店の方でも持て余していた女たちばかりだから、総じて安上がりに連れ出すことができたらしい。 「そぃで、どんな店になったのかぇ」 花魁は目を輝かせて猫に尋ねたものだ。 猫が語るには、店を構えてからは髪を結うだけでなく、客の女たちの髪も体も、全てを綺麗に磨き上げる事を目標にしたらしい。 髪は贅沢にもたっぷりの湯を使い、頭皮から丁寧に洗った。そうして綺麗になった髪に香油をつけ、髪本来が持つ艶やかな風合いを芯から引き出したそうだ。 髪を客の注文通りに結った後には、腰や肩を中心に身体を念入りに揉み解し、猫が知る特別な香草から抽出した膏薬を肌へ塗り込む。 その間はずっと琴や横笛の演奏でもてなし、部屋のあちこちには花を活け、心を和ませるお香をさりげなく焚いておく。 もちろんそれらは全て猫の連れてきた女たちの働きによって成立している。目が見えなくても按摩の技術を身につけることはできるし、人前に出るのがつらいほどの痘痕面であれば、湯を沸かす裏方に徹すればいい。琴をかき鳴らしたり、花を活けたりという芸事は吉原女が得意とするところだ。
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