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客たちは夢心地のうちにもてなしを受け、肌も髪も煌めくように美しくなったと喜んだ。まるで極楽浄土のよう、と語る者もいた。
初めは茶屋で働く女将などが通っていたが、そのうちこの店で美しくなった後に見合いをすれば良縁がまとまる、との噂が立つようになると、市中の若い娘たちもこぞって詰めかけるようになった。
しかし女髪結いは贅沢であるとされ、実は御法度なのだ。店が大きくなるほど取り締まりを受ける危険性も高まる。しかしそこは吉原女の意地、役人たちの口は色仕掛けで封じてしまい、「その手練手管ときたら、見ているこちらが痛快だったわ」、と猫は上機嫌で話してくれた。
そのうち猫は店の周囲に住む、巷の女たちにも目を向け始めた。
酒乱の亭主に手を焼く女をその子供たちごと連れ出したり、身分違いで一緒になれない若い二人を駆け落ちさせたり、仇討の途中で疲れ果ててしまった侍を拾ってきたこともあった。猫は彼らが住むための長屋を用意し、それぞれに相応しい仕事も斡旋した。
猫はこうして己のしてきたことをつぶさに語り、そのたびに花魁は人々が得た幸せな暮らしをまるで我がことのように喜んだ。
猫がどうしてこんなことをするのか。それについて猫の口から語られることは無かったが、何も言わずとも花魁はよく分かっていた。
猫は花魁が大好きだったのだ。
猫は気ままな獣であるが、心を通わせた飼い主のためには物を贈る習性がある。それは鼠であったり、雀であったり、果ては隣家の草履であったり、その品物は千差万別だが、全ての猫に共通するのは飼い主への真心である。
猫はただ花魁を喜ばせたかった。
その輝くような笑顔を見ることを無上の喜びとし、ただそれだけのために全力を尽くしたのだ。
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