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横長に並んだ12色のクレヨンは全部バラバラの長さで、青いクレヨンはいつも短くなるのが早かった。
それはたぶん僕が海や空を描くのが好きだったから。
あれ? ない。
赤いクレヨンがないことに気付いて、僕は隣の席のふーちゃんの手元を覗き込んだ。
「ふーちゃん、僕のクレヨン取ったでしょ」
「取ったんじゃないよ。借りただけ」
ふーちゃんは画用紙から目を離さずに答える。
ふーちゃんが握る赤いクレヨンが描き出しているのは真っ赤な太陽と、真っ赤な地面だ。
「太陽は黄色だし、地面は茶色だよ」
ふーちゃんの間違いを指摘するように言った僕は、子どものくせに既成概念に囚われていたんだろう。
太陽は黄色くないし、地面だって茶色とは限らない。
「それはこの世のことでしょ? ふーちゃんが描いてるのは地獄なの!」
ふーちゃんが思い出しているのは、前に読み聞かせをしてもらった絵本のことだ。
嘘をついたり、悪いことをした人たちが地獄に落とされ、炎に巻かれて悶え苦しんでいる姿は幼児たちに強烈な印象を残した。
怖いもの見たさなのか、その絵本はみんなが取り合うほどの人気だった。
「地獄は地面の下だから、太陽なんてないよ」
え? と驚いたように顔を上げたふーちゃんの鼻の頭はクレヨンで赤くなっていた。
「地面の下なのに、熱い熱いって叫んでるの?」
「地面の下にはマグマがあるから熱いんだよ」
「じゃあ、これはなし!」
もっともらしく言った僕の言葉にふーちゃんは納得したようで、大きく頷くと赤いクレヨンで真っ赤な太陽にバツを書いた。
描き直すことなくバツ印で消された太陽と真っ赤な大地。
そんな奔放なふーちゃんは、僕にとって気になって仕方のない女の子だった。
「芙蓉ちゃん、新しい画用紙持ってくる?」
ゆり先生が尋ねても、やっぱりふーちゃんは首を横に振った。
「真っ赤で綺麗ね。お花畑かな?」
「ううん。地獄。ふーちゃんのパパがいるところ」
ふーちゃんは赤いクレヨンで棒人間を描いた。
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