青いクレヨン

2/7
91人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
ママの恋人の伊勢さんが隣の市の海浜公園に3人で一緒に行こうと誘ってくれたのは、コキアが赤く色づき始めた頃だった。 「丘が真っ赤に染まって綺麗なんだよ。見たことがないなら芙蓉ちゃんも一緒にどうかな?」 そんなのテレビで散々見てるし。 そう思ったけど、伊勢さんが誘ってくれたことが嬉しくて、私は行くと答えていた。 伊勢さんはいい人だ。 この前、私の帰りが遅かったとき、伊勢さんはママと一緒に私を探してくれたらしい。私の顔を見て安堵の表情を浮かべながらも、伊勢さんはちょっぴり叱ってくれた。お母さんに心配をかけちゃダメだよと。 ママが結婚するならこの人がいいと思った。パパなんかよりもずっといいと。 「おっ、いいカメラ使ってるね」 一面のコキアで真っ赤に染まった丘。その中の遊歩道を歩いていたら、伊勢さんが高校生ぐらいの男子に声をかけた。 また始まったと、ママと2人で顔を見合わせる。 伊勢さんの趣味は写真で、若者がカメラを構えているのを見ると話しかけずにはいられないという癖をもっている。 伊勢さんはその男子と露出補正がどうの絞りがどうのと話し込み始めてしまったから、ママと私は少し先を歩いて行った。 「芙蓉は伊勢さんのこと、好き?」 ママがコキアを見ながら突然訊いてきた。さり気ない風を装っているけど、緊張しているのが伝わってくる。 「私が嫌いって言ったら、どうするの? 別れる?」 つい意地悪なことを言ってしまってから後悔した。 こんな試すようなことを言いたかったんじゃないのに。 「別れないけど……結婚はもう少し先にするかな」 「え⁉ プロポーズされたの?」 「されてないよ。でも、してくれるんじゃないかなって気がするの。芙蓉が嫌なら、大学入って独立するまで待ってもらう」 ずいぶん強気な発言に思わず笑ってしまった。 「逃げられたらどうするの? 私、伊勢さんのこと好きだよ。だから……プロポーズされたらOKしなよ」 「……ありがと」 またコキアの方に顔を向けたママはきっと涙で潤んだ瞳を私に見られたくなかったんだろう。私も同じだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!