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「朧くん。ごめんね」
「いえ、話はもう終わったんですか?」
気持ちを察しされないように、話題を変えてみる。
「……朧くん。僕は、正直言うと、こういう形で君とは会いたくはなかった。これからも便利屋野口一として君と向かい合っていたかった」
「……朧さん」
そこに居たのは、2年前、有栖慶さんに紹介して貰った「便利屋ハチミツ」で働く、野口一さんそのものだった。
「……きみが、復讐なんてものに目覚めなければ……きみが、あの日のままの恋人想いの心優しいきみのままで居てくれたら……あいつが……」
続きの言葉を紡ごうとした瞬間……
「……野口先輩。おまたせしました!」
「!?」
野口のそんな声を遮るように、二人の元に着替えを終えた一夜零が、駆け寄ってきた。
「零くん! そんなに急がなくても大丈夫だよ?」
「もう! 野口先輩! 平気ですって……あぁ!」
もう少しで、野口の元に辿りつくまさにその瞬間、なにかにつまずいたのか前に倒れれる。
「僕に、捕まって!」
朧がこけそうになった零の腕を掴んだ。
「ありがとうございます。蜩さんって、優しい人方なんですね?」
「……」
「あの? 僕の顔になにか?」
零が、不思議そうに首を傾げている。
「腕は、大丈夫ですか?」
「はい。自分こう見えて、体だけは丈夫なので」
「零くん。元気なのはいいけど、ちゃんと前見ないと危ないよ」
朧に対してお礼を言っている零の頭を野口が軽く叩く。
「野口先輩すみませんでした」
「うん。これからは、気を付けてね?」
「すみません。蜩さんもありがとうございました」
二人と同じダークブラックのスーツに、身を包んだ零が、朧に深々く頭を下げる。
そこには、さっきまでの殺気に満った雰囲気は、まるで感じない。
むしろ、純粋で他人を疑う事を知らない、復讐をしようとしている自分とは、まるっきり正反対。
(じゃあ、ここに居るのが本当の彼? じゃあ…本当に彼は二重人格?)
『……ゼロには、自我は存在しない。あるのは、零への想いだけ! あいつは零を護る為だけに生まれた存在』
「!?」
朧の耳元に村瀬が、小さな声で、零の秘密を囁いた。
その内容は、いま、まさに、朧が考えたいた事を根本から打ち砕いた。
「……おい! 零。お礼もいいけど、早く朧くんに自分の名前、名乗れ!」
うしろから、村瀬斗真が零の背中を思いっきり叩く。
「村瀬先輩! いきなり何するんですか? 痛いじゃあないですか!」
「誰のせいでこうなったと思ってんだ!」
「先輩。それは……しょうがないじゃあないですか! あっすみません! 初めまして、一夜零と申します。蜩さんこれからよろしくお願いします」
(これから? そう言えば…)
野口と村瀬が最初に現れた時、自分の事をターゲットだと言っていた。
「…零くん。あとは、任せて大丈夫かな?」
「はい! 大丈夫です。ここから先は、元々、僕の仕事ですから」
零は、野口の前に、しゃがみ込み、左手を差し出す。
「じゃあ、お願いしてもいいかな?」
野口も否定すること無く、その手を右手で握り返す。
「はい。任せて下さい。あぁ、でも、村瀬先輩はいて下さい」
村瀬の顔を満面の笑みで微笑む。
「……零! お前に、言われなくてもそのつもりだ。一、お前は、先に車に戻ってろ!」
「……斗真。零くん。じゃあ、悪いけど僕は、先に車に戻ってるね?」
「あぁ!」
二人に向かって手を振り、そのままマンションの陰に消えて行った。
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