第1章

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 朝露が陽の光と共に空へと昇る。ファイが生まれ育ったマグノリアよりも少し北に位置するダグウッドは、秋の訪れが早い。窓の向こうではオリーブが実りの時期を迎えていた。  石造りの王宮にひたひたとファイの足音が響く。蓄えられた夜の冷気が履物を通り抜け、つま先を冷やした。ファイはたまらず早足になると、赤の宮殿の一番奥にある部屋を目指す。  温かい湯の入った水筒を手にファイが忍び足で入ったのは、第一王子が住まう部屋だ。緋色の布に日差しを遮られた部屋の奥では主がまだ眠っている。  ファイは壁につけて置かれた机に水筒を置くと、部屋の一番奥にある立派な寝台へと歩み寄った。 「紅耀(こうき)さま」  大きな寝台に金色の髪を散らして眠る紅耀は、ファイの声を聞いて頭上の丸い耳をぴくりと震わせたが、起き上がる気配はない。空色に輝く虹彩は少しも覗かず、精悍な顔を形作る高い鼻梁と適度な厚みを持つ唇も沈黙を保ったままだ。 「今朝は白王(はくおう)さまとご一緒にお食事をお摂りになるのですから、そろそろお支度ください」  紅耀の寝起きの悪さは王宮でも有名だ。だからといって、紅耀の身の回りを任されている以上、国王との食事の席に紅耀を遅れさせるわけにはいかない。  ファイは寝台から離れると、水筒の湯を使って茶の用意をした。茶葉に湯を注ぎ、花の香りが部屋を満たしたのを確認する。それから光を遮る緋色のカーテンを開いた。 「朝です」  もう一度声を掛けると、眩しそうに顔を顰めていた紅耀が気だるそうに身を起こす。朝日に煌めく金の髪が裸の肩をさらりと流れ落ちるのを見て、ファイは慌てて背を向けた。  紅耀は何度忠言しても裸で眠ることを止めない。真冬になればダグウッドの気温はぐっと落ちる。それでも毛布を足すだけでその習慣を変えることはなかった。  逞しい肩が目に入り密かに胸を高鳴らせたファイの背後で、ガウンを羽織る衣擦れの音がさらさらと響く。 「さあお茶を――……」  振り返りかけたファイの身体に後ろから紅耀が圧し掛かった。  ファイは猫を祖先にもつ一族らしく小柄で細身だ。そこに頭ひとつ長身なうえ、立派な体躯の紅耀が圧し掛かれは、立っているだけでも大変だった。足にぐっと力を込め、ファイはなんとか踏みとどまる。 「紅耀さま……」
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