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いち
さく、と噛みつくと口の中にじゅわっとメープルシロップの甘みが広がった。
このメープルメロンパンはバイト先のパン屋で一番人気の商品で、閉店まで売れ残ることはめったにない。今日は雨だったからか人足が少なく、いつもよりたくさんパンが売れ残った。残ったパンは持って帰ってもいいことになっているので、レジ袋ぱんぱんに詰め込んで持ち帰って今に至る。
1LDKのアパートの一室、真ん中にぽつんと置いてあるちゃぶ台の前に座り、無心でメロンパンを咀嚼していると、外から誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。ここは壁も扉も薄いので、人の気配がすぐに分かる。
建付けの悪い扉がきしみながら開き、そこから覗いた人物のマホガニーの瞳と見つめあう。
「まだいた。牛丼食べる?」
黒スキニーにブルーグリーンのサマーニット、高そうな革靴を適当に脱いだ男は、手に持っているレジ袋を軽く揺らした。
「いただきます」
彼――シロの買ってきてくれるごはんはいつも美味しい。食い気味に返事をしていそいそとお茶の準備をする。
ちゃぶ台に戻ると、机の上に無造作に先ほどのレジ袋が投げ出されていた。まだほかほか温かいプラスチックの容器、蓋を開けると何とも言えない甘辛くジューシーな匂いが鼻をくすぐる。
「いいにおい……これって何のにおいですか?」
「えー……牛肉のにおい?」
「牛肉! こんなにいいにおいがするんですか!」
私の知っている牛肉はもっとすえたにおいがするので、そのあまりの差に驚愕する。
「いや、うーん……醤油と砂糖のにおいじゃない」
「ショーユトサトー」
ショーユトサトーって何だろう。感心しながら牛丼を見つめる私をしばらく眺めていたシロは、急に興味を失ったのか、ふらっとベランダの方へ消えていく。きっと煙草とかいうくさい煙を吸い込みにいったんだろう。
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