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日曜、ベランダでせっせと洗濯物を干していると珍しくインターホンのベルが鳴った。お客様だ。こんなことは初めてで、一瞬固まってから大急ぎで玄関に向かう。
勢いよくドアを開けると、うおっと聞きなれない男の声がして、私ははてと首を傾げた。
「どちらさまですか」
「・・・・・・嬢ちゃん、ここに住んでんのか? 瀧口嘉人って男、知ってるか」
「いえ、知らないです」
ゴールドのいかついネックレスが似合ういかにも堅気ではなさそうな男は、少し困惑している様子だった。岩のようにごつごつした顔の上の方で、眉毛が片方だけきゅうっと下がる。
「ここに住んどる目付きの悪い男のことや、どこにおるか知ってるか? ちゅーか、嬢ちゃんまだ学生やろ? あいつの女か?」
「いえ、ただの居候です」
男はじろじろと私を見てはしきりに部屋の中を気にしている様子だったので、心の中で家主に一言断ってから中に招き入れた。
ぐるぐる室内を歩き回る姿はなかなか恐ろしかったが、お茶を出せばきちんと飲み干し、アルバイトでもらったパンの残りも喜んで食べてくれた。見た目は怖そうだが案外いい人なのかもしれない。
「嬢ちゃんもこんなとこ早よ出ていきや。あの野郎、組長の女に手出して逃げ回っとんのや。組のモンに見つかったら終いやど」
男はちまちまとクリームパンを食べている。甘いものが好きらしい。途切れなく紡がれる何やら恐ろしい話に相槌を打ちながら、向かいでベーコン・エピをちぎり取っては口に放り込む。
「瀧口とは腐れ縁や、あいつの母親が借金こさえておっ死んでからの付き合いでな。まあ、とにかく借りたもんはきっちり返してもらわんと」
「借金……どれくらいですか?」
紡がれた金額に思わず閉口していると、男はそら見たことかと言わんばかりにため息をついた。
「これで分かったやろ、とにかくあいつとは関わらんことや。俺からも若いモンには言うといたるけど、もし変なん来よったらいつでも連絡しぃ」
そう言って渡された名刺には、見た目通り厳つい名前が並んでいた。
「お、おきか――」
「ウブカタや、冲方銀治」
「ウブ、ウブカタさん。ありがとうございます」
「それからなぁ嬢ちゃん、次からは誰が来とんのかちゃんと確かめてからドア開けなあかんど。何のために覗き穴付いてると思てんねん」
この冲方という男はやはり見かけよりもいい人だったようで、私が相当頼りなく見えたのかドアスコープの覗き方をレクチャーして帰っていった。
私は結局何だったのかよく分からないまま、少しデジャヴを感じながら煙草臭い彼の背中を見送った。
どうやらシロには借金があるらしい。そしてそれは、もとはと言えば死んだ母親のものだったらしい。そんな話、ドラマの中だけのものだと思っていた。
まだ名前以外は何も書かれていないシロのプロフィールに、母親は死んでいるらしい、借金があるらしいという項目が追加された。
しばらくじっと考え込んで、それから今日はみっちり風呂場の掃除をしようとしていたことを思い出す。
いろいろ考えたところで、結局私は無償で寝る場所を提供してくれている彼には頭が上がらないのだ。
ひっそりため続けているアルバイト代に思いをはせながら、私はよっこいしょと重曹水の入ったスプレーを片手に立ち上がった。
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