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さん
「それ、何してんの」
久しぶりに帰ってきたシロが、背後から私の手元を覗き込んで言った。
そう言われてしまうのも仕方がない。アルバイト先でもらったクリーム色の不織布とオレンジ色のリボンを手に、かれこれもう三十分は格闘していた。
「あの、ラッピングしようかと」
「ラッピング」
それを?と言いたげな沈黙を感じ取りつつ、私はなかなか綺麗に収まってくれない不織布を、豆苗の器の側面にずり上げた。
美里さんにもらった豆苗は、今日も元気に背伸びしている。まだそれほど日も経っていないのに、あっという間に前見た時と同じ長さまで成長した。それがなんだか愛おしくて、ちょっと飾り付けてあげたくなったのだ。
「あの、このきみどり色が綺麗で、可愛くて、美里さんから、あの」
あの、あの、と上手く説明できずにいると、すぐ隣にシロがしゃがみ込んだ。貸して、と手からリボンをするりと抜き取られる。
「わ、うわ、すごい!」
シロの手が動いて、ただの不織布が花びらのように器を包み込み、その上から魔法みたいにオレンジ色のリボンが巻かれていく。
あっという間に花束のように可愛らしくラッピングされた豆苗を見て、私は歓声を上げた。
「可愛い! すごい、ありがとうございます! わーっ、可愛い!」
思わず一人で拍手をする私を、シロはちゃぶ台についた片肘に顔を載せてただじっと眺めていた。そしてついと、突然頬に触れられた。意外にも熱いくらいの指先が、する、と頬骨のあたりをくすぐる。
「紅子ちゃんって体温低いね」
斜め下からじっと注がれる視線に耐えきれず、きょろきょろと目を泳がせる。
「そ、そうです、ゾンビは体温が低いんです」
へえ、と興味のなさそうな相槌を打ちながらも、彼の左手は私の頬をすりすりし続けている。
「キ、キ、キ、キッチンハイター!」
「え?」
「キッチンハイターしないと! あの、排水口が! 汚れてきたので!」
ぎこちなく彼の手を避けてキッチンの方へ逃げた。
水を張ったバケツに排水プレートとカゴを放り込み、キッチンハイターをぶち込んで換気扇をつける。ばくばく弾んでいる心臓を落ち着けるために水面の小さな泡を凝視していると、後ろからねえと声が飛んできた。
「ゾンビって何が弱点なの」
「え、と。弱点というか、暑いのはあんまり得意じゃないです」
「ふーん、じゃあ好きなものは?」
「パンです」
「ふっ、それは紅子ちゃんが好きなものでしょ」
笑った。シロの笑った顔が気になって、そろっと振り返る。
「ん、なに?」
「いえ!」
目が合うと微笑まれて、思わず頬が熱くなる。どうしてこんなにどぎまぎしているんだろう、人間の体温に触れたのが初めてだったからだろうか。
「ねえ、これって花咲いたりすんの」
「えあ、う、花は咲かない、と思います。花が咲いたりする前に食べるんです」
「ああ、これ食べられるんだ」
豆苗の茎の部分をつんつんしているシロを見て、唐突にもしかして今ならと思う。今なら、今こそ、あれを言い出すタイミングなのでは。
腹に不自然に力が入って、喉の奥が熱くなる。いけ、言ってしまえ! ぐっと拳を握り締めて、私はシロの方に体を向けた。
「あ、あ、あ、あの、シロッ!」
「うん?」
「もし、もしよかったら、ごはん、食べませんかッ」
「ごはん? どこで?」
「あの、ここで! 私が作るので! 美味しくないかも、しれないですけど……」
もごもご言いながら恐る恐る目線を上げて、ひやりとした。
ついさっきまで微笑んでいたシロが、すとんと無表情になって私を見つめていた。思わず息をのんで固まっていると、彼は煩わしそうに首を傾げた後、ようやくいいよと言った。
「なんか手伝う?」
「っ、いえ! すぐ作ります、待っててください!」
腹の中に、先ほどとはまた種類の違った力がこもる。嬉しさと期待と、焦燥感と。いろんな感情がごちゃ混ぜになって私の手足を動かした。
とにかく美味しく、できる限り美味しく作ろう。
美里さんに教わったレシピを思い出しながら、私はいそいそと調理に取り掛かった。
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