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結論から言うと、料理は失敗だった。肉じゃがのじゃがいもは焦げたし、野菜は生焼けだし、味付けも上手くいかなかった。
唯一美味しく炊けた白ご飯をお茶碗によそって並べると、シロが首を傾げた。
「なに」
「あの……上手くできなくて」
「何でよ」
食べるからと言い含められて渋々器に盛ると、シロは黙々とそれを食べた。焦げていて、大きさもばらばらの野菜たちがどんどん口に吸い込まれていく。頬が大きく膨らんで、もぐもぐと動いたと思ったら喉がごくんと動く。それを眺めながら、シロの口はこんなに大きいんだなと思う。
「紅子ちゃんはさ」
「はいっ」
「何で家出したの」
シロの向かいで、大きな人参を箸で突き回しながら口ごもる。
「あの……家にいたくなくて、深呼吸が出来るところに行きたくて」
私の家は、沼地のど真ん中にある。年中ジメジメしていて、晴れの日でも鼻の奥につんと土の臭いが届く。雨なんか降った日には最悪だ、靴なんかどろどろになってしまうことが分かり切っているので、諦めて朝から裸足で過ごすくらいだ。
両親も兄も、別に不潔というわけではない。しかし、中でも私は一等綺麗好きで、趣味は毎日の掃除。とにかくきゅきゅっと清潔なところで過ごしたい、それに尽きた。
ただ、とにかく、環境が悪かった。キッチンでもう何匹目かも分からない黒くて大きな虫を踏み潰した瞬間、全てが嫌になった。ちなみにこの虫とは本当に生まれた時からの付き合いだ。
「ずっと頑張ってきたけど……結局逃げちゃったんです、私」
人間の世界に紛れ込んで、シロと出会って、ここでの清潔な暮らしを知った。もう元の暮らしには戻れないかもしれないと危惧している今日この頃。
「だから、シロには本当に感謝してます。何かお返しができればと思ってるんですけど」
あっという間に食べ終わったシロに気付き、慌てて私も人参を口に放り込む。やっぱりまずい、と顔をしかめていると、シロが唐突に口を開いた。
「別にいいんじゃない、逃げた先で生きられるんなら」
思わず顔を上げるも、シロは無表情のままちゃぶ台を眺めていて感情が読み取れない。
「は、はは、そうですね。本当に、シロに拾ってもらえて幸せです」
別に鍵預けてるだけだし、とシロが淡々と口にする。しばらく気まずい沈黙が続き、私はよく回らない頭のまま間をもたせるためだけに口を開いた。
「そ、そういえば、シロと美里さんってどういうご関係なんですか? もしかして、恋人同士だったり?」
へらへら笑いながらそう口にした途端、シロが突然立ち上がった。
「えっ」
そのまま部屋を出ていこうとするシロに焦って、頭が動かないまま彼に向かって手を伸ばした。腕を掴もうとした右手は触れる前にばしっと払われ、思わず息が止まった。
「触るな」
まるで汚らわしいものを見るような、その目。ショックで固まる私を捨て置いて、シロは部屋を出て行った。
あまりにも急な態度の変化についていけず、いつまで経っても動き出せない。三角座りでまだ皿の上にごろごろしている野菜たちを眺めながら、私はただじっとシロのことを考えた。
しかし考えても考えても、何も分からなかった。きっと私の言葉が気に障ったのだろうということしか、分からなかった。
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